19.本当の





 この祓い屋で働き始めて、霊が本物か何となく分かるようになった。

 それは、所長である村上さんのおかげでもある。





「だーかーらー。金はいくらでも出すから、祓ってくれって言ってるの!」


「先程から言っていますが、あなたには何も憑いていないです」


 先ほどから飛んでくるつばを避けながら、僕は早く村上さんが返ってこないかとうんざりしていた。




 飛び入りできた榎木と名乗った男は、最初からこんな態度だった。

 ちょうど村上さんは、近くに出かけていて僕が相手にすることになってしまった。


 彼が帰ってくるまでは待っていて欲しい。

 そう言ったはずなのだが、榎木は勝手に話し出してきた。



 曰く、たまに視線を感じると。

 そして恋人と会っている時に、物が落ちてきたり電気が急に消えたり、色々と起こるらしい。


 話を聞いている間、僕は彼を観察していた。

 その結論が、取り憑かれている気配がないだった。

 いつもの様な、あのピリリとした緊張感が全くない。


 何度も村上さんと、修羅場をくぐり抜けてきたから断言出来る。

 だから安心させる為に、何も憑いていないと言った。

 それなのに榎木は騒ぎ始める。


「そんなわけないだろ! お前に何が分かるんだ!」


 全く僕の言う事を信じず、彼は祓えと迫ってくる。

 何度も説明をしているのだが、頑なに話を聞かない。



 僕は嫌気がさしてくる。

 もういっそ追い出してしまおうか。

 そう思った時、部屋の扉が開きようやく村上さんが帰って来た。


「ん? 誰か来てるのか?」


 すぐに僕と相対する榎木の存在に気が付き、彼は面倒くさそうな顔をする。

 突然の来客を、彼はあまり好まない。


 興味のある内容だったら、まだ良いのだが今回は微妙だ。

 僕は疲れを隠し切れず、彼に榎木を紹介する。


「えっと、依頼人の榎木さんです。霊に憑かれているとの事で」


「ああ、確かに」


 まじまじと榎木の肩を見ると、村上さんは素っ気無く言った。

 その瞬間、榎木は我が意を得たとばかりに顔を輝かせる。


「そうだろう! 良かった、話の通じるやつが来て! 本当、こいつ使えなかったんだよね!」


 僕は少しムッとしたが、特に何も言わなかった。

 村上さんがそう言っているのであれば、間違っていたのは僕だったからだ。


 静かに席を立って、彼の隣りに立つ。

 そうすれば榎木は、馬鹿にした顔を向けてきた。


「はー。さっさと祓ってくれる? 金はいくらでもあるからさ」


 僕はそれでも、何も言わなかった。

 握った拳は少し痛かったが、村上さんの邪魔はしたくない。


「分かった。今、いるのは祓う」


 彼はその後、パパっと簡単に除霊をした。

 少し不満げな顔をしていた榎木だったが、それでも僕に対して嘲る顔をしている。


 そんな時、お金の勘定をしていた村上さんが呟く。


「来るぞ」


「は?」


 榎木はすっとんきょうな声を上げた。

 僕は逆に、周囲を警戒する。






 そしてそれは、突然来た。





「……ネ……ネ……シネ……シネ……シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね」


「ひぃっ!?」


 部屋全体を包み込む、女性のおどろおどろしい声。

 榎木が悲鳴を上げる。


 僕は、とりあえず部屋の電気をそっと消した。

 その瞬間、窓に遮光カーテンが引かれている中は真っ暗になる。



「うわっ!?」



 更に大きな悲鳴が聞こえたが、僕は無視した。

 それよりも榎木のすぐ後ろ、僕達の正面にいる女性に注意を払っていた。


 その女性は憎々しげに榎木を睨み、今にもその首に手をかけようとしている。


「後ろ後ろ」


 少しの光は漏れているので、そろそろ暗闇にも目が慣れたころだろう。

 僕は優しいから、榎木に注意してあげた。

 悲鳴を上げていた彼は後ろを見る。

 そして腰を抜かした。


「な、なんで麻里? お前、死んだのか? 何で?」


 口からこぼれ出ている言葉を拾えば、どうやら知り合いの様だ。


「しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね、ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころす」


 彼の顔を確認した女性の言葉も変化したから、間違いではないだろう。


「何で? 除霊したんじゃないのかよ? おい! なんでだよ!?」


 榎木は村上さんの方を向き怒鳴った。

 彼女から顔を背けられる余裕があるなんて、驚きだ。


「いや、さっき憑いてたのは祓った。それは今来たやつ」


 村上さんはお金の勘定を終わらせて満足しているようで、興味を無くしている。

 僕も彼が依頼人では無いと判断したので、特に何かをしてあげるつもりはない。


「はあっ!? 頼む、金は出すから! やってくれ!」


「でもなあ」


 村上さんは榎木をじっと見つめる。

 その表情の温度の無さに、息をのむ音がした。


「たぶんそれ祓っても、また違うのが出てくるだけだし。生霊は後々が面倒くさいんだよ。いたちごっこってやつ? 金も無限にあるわけじゃないんだろう?」


 彼も聖人では無い。

 こちらは商売なのだ。ボランティアでやるほどの価値があるとも思えない。


「おい、助けろよ! 殺されるかもしれないだろ?」


「大丈夫だ。殺すとは言っているが、それは止めてくれるってよ。これからずっと一緒にいてくれれば、が条件らしいけど」


 村上さんは良い笑みを浮かべて、反論を許さなかった。





 結局、後ろに彼女をへばりつけたまま榎木は帰る。

 それを見送りながら、僕は話しかけた。


「僕は知っていますよ」


「何が?」


 村上さんはとぼけた顔をして、あくびをする。


「あの人、あれ以上祓ったら本当に殺される可能性があったんでしょう。だからあえて祓わなかった」


 やり方はあれだが、彼のおかげで榎木は生き延びる事が出来たのだ。

 僕はその優しさを知っている。


「さあな」


 村上さんはもう一度、大きなあくびをして中へと入っていった。

 僕は榎木がいなくなった方向を見る。



 榎木がその優しさに気づけなかった場合は、おそらく。

 そうならない事を願うばかりだ。




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