18.芸術
祓い屋で働いていて、所長である村上さんが霊を祓っている所は何度も見てきた。
そのどれもが、言い表せないぐらい凄いものだった。
一種の芸術と言っても過言ではない。
だから僕は、それが秘かな楽しみだと言っても過言ではない。
今日の村上さんの機嫌は、何故かは分からないがとても良かった。
鼻歌まで聞こえてきて、僕は恐ろしくて震えてしまう。
今までに無い事態に、どうしたらいいか分からなかった。
だから少し遠巻きに、彼に接する。
そうしている内に、依頼人が来た。
2人の空間には、耐えきれそうもなかったから本当に助かる。
僕はほっとしつつ、依頼人の彼女をもてなす。
「あの。えっと、私は」
土井と名乗った彼女は顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうだった。
出したお茶も、一口だけ飲んでそれ以上は無理なようだ。
僕は一応、この前買っておいたお茶菓子を置いておく。
多分口を付けないだろうが、もてなしとしてだ。
「私は、絶対に何かに憑かれていて。それを祓って欲しいんです」
やはりお茶菓子に手を付けようとしない彼女は、震える体を抱きしめて話始める。
「少し前、友達と遊んでいた時に肝試しに行こうって話になりました。近くにちょうど良く、霊が出るっている一軒家があって。何か殺人事件があったとか」
僕は彼女を盗み見た。
今時の若い子、そんなイメージの特に苦労をしたことが無さそうな感じだ。
だからこそ特に深く考えずに、足を踏み入れてしまったのだろう。
「そして行ったんです。そこで、私だけ、私だけが。何で? 何で私だけ?」
土井はどんどん取り乱していく。
彼女の中にあるのは怒りだ。しかも随分と身勝手な。
僕は呆れて物も言えなかった。
しかし、こういう人達はよく来る。
いちいち何かアドバイスするなんて、時間の無駄である。
だから村上さんが依頼を受けた時は、まあそうだろうなと納得してしまった。
そして僕達は、土井と一緒に例の一軒家に来ていた。
彼女はここに来る事を、最後まで嫌がった。
しかし村上さんが宥めすかして納得させて、半ば無理やり連れてきた。
行く途中で少し家について調べたのだが、殺人事件ではなく一家心中だった。
情報すらもまともに持っておらずに肝試しをした事に、本当に呆れてしまいそうになる。
村上さんから聞いた話ではあるが、そういった事件の起こった家はその後新しい借り手が付かないと、いつまで経っても当時の記憶を残し続けるらしい。
だから事件が起こった後、誰も住まず取り壊しもしなかったこの家は、最悪な状態と言うわけだ。
霊感の全く無い僕でさえも、薄気味悪いものを感じる。
今までに無い位、面倒な依頼だ。
僕はそう思ったが、村上さんはいつも通りなので安心して任せられる。
「本当に、中に入るんですか? 私はここで、待っていちゃ駄目ですか?」
土井はここまで来て、そんな事を言い出した。
さすがの僕も一喝入れてやろうとする。
「一緒に行かなきゃ死ぬぞ」
しかし村上さんが、そう言ってくれたおかげで、気持ちが大分軽くなった。
彼女は顔を真っ青にさせて、僕達の傍に近寄ってくる。
僕はそっと距離を置き、村上さんに任せた。
「じゃあ入るぞ」
村上さんの合図で、家へと入る。
まだ昼間なのだが、中は薄暗かった。
さらに掃除がされていないから、埃っぽく饐えた臭いがする。
気分が悪くなりそうで、僕はハンカチで顔を抑えた。
それを羨ましそうに土井が見てくるが、僕は知らないふりをする。
「最後に入ったのはどこだ」
村上さんもマスクをつけつつ、彼女に聞く。
彼女は自分の服の裾を引っ張って顔を抑えると、廊下の奥の方を指した。
「あそこの、一番奥の仏壇のある和室、です」
そこに行くにつれて、何だか温度が下がっていく気がする。寒気がするほどに。
僕は先を進む村上さんに、話しかける。
「いますか?」
「ああ。奥にな」
彼は淡々と答えた。
それに土井は、更に怯えて寄ってくる。
僕達は優しくないので、慰める事も落ち着かせる事もしない。
何も言わずに和室へと入った。
部屋の中は、カーテンが引かれてはいなかったが暗い。
そして更に濃くなった臭気に、顔をしかめた。
「気をつけろ、全員見ている」
村上さんの言葉に、僕は緊張を高める。
彼が注意を促す事は、ほぼ無い。それなのに言うのは、本当に危険なのだろう。
一応、土井を後ろに追いやって彼が見ている場所。
仏壇を睨みつける。
何も見えてはいないが、用心するに越した事は無い。
僕は静かに、彼の隣りに立つ。
「どうですか?」
「ああ。4人がここを仕切っているな。あとは連れて来られたり、引き寄せられたやつがうようよいる」
ポケットを探って目当てのものを見つけると、彼に手渡す。
それを受け取り、マスクを外してにやりと笑った顔は明らかに凶悪犯だった。
「分かっているじゃねえか」
「いえいえ」
彼はしばらく楽しんでから構える。
「嘘、拳銃?」
土井の驚いた声は無視する。
村上さんは僕には見えない所へ、照準を合わせるとためらいなく撃った。
そして彼の持つ水鉄砲から、僕特製の塩水が勢いよく飛び出る。
「え」
今度は拍子抜けした声。
また無視をして、僕は村上さんのサポートに徹する。
何も無い所に撃っている様に見えるが、微かに聞こえてくる断末魔の様な音に命中しているのだと分かった。
彼の姿は水鉄砲を持っているとは思えないぐらいに様になっていて、いつしか見とれてしまう。
そして補充の水鉄砲を渡したり、たまに水鉄砲の軌道に虹を見て楽しんでいる間に、終わったようだ。
「まあ、こんなものか」
悪い笑みを浮かべて、村上さんは銃口に息を吹きかける仕草をする。
水鉄砲のはずなのに、本当に格好いい。
土井と2人で、恍惚のため息を一緒についてしまった。
確かに部屋の中は、先ほどまでの寒さも無くなりむしろ清涼な空気が漂っている。
僕は抑えるのを忘れていたハンカチをしまい、彼から水鉄砲を受け取った。
「あの、あの」
その時、今まで空気扱いをしていた土井が村上さんに話しかける。
どう見ても、恋する乙女の顔。
僕は顔をしかめるが、この先の展開は読めている。
「わたし、わたし、あなたの事が」
「100万」
「え?」
彼は手でお金のジェスチャーをした。
それを呆気にとられて見る彼女の顔は、こんな時だからこそ笑えてしまう。
「今回の報酬だよ。霊の数、ここまでの交通費。雑費。その他もろもろで、きっかり100万。お手頃価格だろう?」
「嘘、そんなの、高い」
顔を引きつらせているが、ここに来る前にきちんと説明していたはずだ。
状況にもよるが、決して安くはない。
最低でも50、最高の場合は200は超えると。
それをちゃんと聞きもしないで、自分の都合の良いように解釈していた彼女が悪い。
「まあ期間は設けないから、きっちり返せよ。……逃げようとか、馬鹿な事を考えるんじゃないからな」
村上さんの顔は、まるでラスボスのようだ。
そして何も言えなくなった彼女の手に、帰りのタクシー代を渡すと部屋を出る。
僕はそのお金も、きっと含まれているんだろうなと思いつつ何も言わずに置いていった。
もう、祓った後だから憑りつかれる事も無いだろう。
誤解をされるかもしれないが、いつもこんなに法外なお金を取るわけじゃない。
これはある意味、戒めの意味もある。
好奇心で霊に憑りつかれる奴は、少しぐらい痛い目を見ないと分からない。
そしてそれは、霊に憑りつかれる恐怖だけでは足りない。
だからこそ長い間、後悔をさせる為にも、こういった事をする時がある。
本当ならばやってはいけないのかもしれないが、僕も村上さんの意見には賛成なので止めない。
たまに逆らって、支払いから逃げようとする人はいる。
しかしその人達は、すぐに怯えた顔でちゃんと戻ってくる。
村上さんが彼等に対して何をしているか分からないが、自業自得だ。
僕はそういう時の、彼の楽しそうな顔を見るのがとても楽しみである。
ここで働き始めて毒されているような気もするけど、別に嫌では無い。
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