17.繰り返す





 もう何度目だろうか。

 繰り返す時間に、私の頭はおかしくなりそうだった。




 いつもと同じ時間にベッドから起き上がり、私はのろのろとリビングへと行く。


「おはよう。今日はちゃんと早く起きられたのね」


 キッチンで料理をしていたお母さんが、振り返りいつもと同じセリフを言った。

 私は返事が出来るような精神状態ではなく、何も言わず席に着く。


 お母さんはため息をつくが、何も言わない。

 ただ目の前に朝食を置いた。

 食べ飽きた献立に込み上げてきそうになるものがあるが、口を抑える。


「いただき、ます」


 頑張ってのろのろと箸をすすめる。

 しかし、飲み込む事が出来ない。


「……ごちそうさまでした」


 何とか半分は食べたが、これ以上は無理だ。

 私は手を合わせて、食器をお母さんにばれないように片付ける。

 そして学校に行く準備を、始めた。




 歩く道のりは、私の心をどんどん疲れさせる。

 同じタイミングで通り過ぎる人や車。

 聞こえてくる音さえも、寸分の狂いは無い。


 私は唇を噛みしめて、ただ歩いた。

 このまま学校に行ったら、辛い事が待っている。分かっているのに、行かないという選択肢を選べない。

 家に引きこもろうとすると、頭がガンガンと痛んで死にそうになるのだ。



 だからゆっくりとは歩くが、家から学校は近くてすぐに着いてしまう。

 ここからはすぐに終わる。

 ただ、苦しみにはいつまでたっても慣れるわけがない。



「キャー!!」



 後ろから聞こえてくる叫び声。

 そしてたくさんの人が逃げまどい、誰かが走ってこちらに来る。


 後の展開は分かっている。

 私は何度も何度も深呼吸をして、歩き続けた。



 そしてその瞬間は、いつものタイミングで訪れる。





 ドスッ


 背中全体に衝撃。

 誰かが私に、ぶつかったのだ。


 それだけではない。背中の一部がとても熱くなって、私の体から力が抜ける。

 何が起きたのか。

 最初は分からなかったが、何度も繰り返すうちに分からざるを得なかった。



 刺されたのだ。

 頭のおかしい、全然関係の無い男に。

 そして私は、助けが来ないまま死んでいくのだ。




 全て知っている。

 だって繰り返すのだから。





 気が付けば部屋のベッドだった。

 私は錯覚ではあるが、背中の痛みを感じながら起きる。


 また繰り返すのか。

 出てくるのはため息だけだ。



 何故か私は死んだはずなのに、生きて同じ日を繰り返し続けている。

 誰が、何の為にこんな事をするのか。

 いつ苦しみから解放されるのか。


 分からず、ただ繰り返す。




 一度、殺される前に自分で死のうとした。

 そのあとの事は思い出したくない。ただ、絶対に二度と同じ行為はしないというだけ。



 しかし、段々とこの生活を続けていく精神状態じゃなくなっている。

 早く、どんな形でも良いから終わらせたかった。





 学校への道を歩きながら、私はポロポロと涙をこぼす。

 見えているはずなのに、誰もが無視をする。


 それでも構わず、私は泣き続けた。
















「大丈夫?」


「……え?」


 その時、ありえない事に誰かが私に話しかけてきた。

 驚いて涙が引っ込む。

 そして私は、ドキドキと高鳴っている心臓を抑えて声のしたを見た。


 私のすぐ近くにいたのは、歳のあまり変わらない優しそうなひ弱そうな青年だった。

 頼りないその姿にガッカリとしてしまうが、いつもと違う展開なので期待はしている。


 これは何かが違う。

 もしかしたら、ようやくこの狂った空間から抜け出す事が出来るのでは。

 そう思って、彼が差し伸べてくれたハンカチを遠慮なく受け取る。



「すみません、ありがとうございます」



 目元を抑えて涙をぬぐっていると、何だか急に恥ずかしくなってきてしまった。

 目の前の彼からしてみたら、よく分からないが道の真ん中で泣いている人だ。

 このまま立ち去られてしまう可能性がある。


 何とかしてこの場にとどまってもらおうとした時、背後から聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。



 まさか、もう来るとは。

 私はいつもの痛みを思い出して、震えが止まらなくなる。

 今回は、いつもと違う展開になると思ったのに。



 また、繰り返すのかと私は目を閉じて絶望した。



 しかしいつまで待っても、背中に衝撃が来ない。

 私は恐る恐る目を開けて振り返る。


 そこには新たな人物がいた。


「いたたたたたた!」


 包丁を持った黒い男を取り押さえている、背の高い男の人。

 顔は怖いが、どう見ても私を助けてくれているのだ。


「あ。良かった」


 刺される心配が無くなったという事は、もう繰り返さない。

 やっと、解放されるのだ。

 私は安堵から、力が抜ける。


 そして段々と、意識が途切れていく。

 きっと次に目が覚めた時は、いつもとは違った明日が始まるのだ。


 そんな未来を想像して、私は最後に笑った。














 僕は目の前で笑いながら、消えていった女の子を見て何とも言えない気分になる。


「村上さん」


 そして取り押さえていた男を解放している、祓い屋の所長村上さんに話しかけた。


「何だ?」


 先ほどまで男が持っていた包丁は、いつの間にかどこかへと消えていた。

 男は涙を流しながら、村上さんに何度もお礼を言っている。

 それを受け流して、彼は僕に近づいてきた。


「今の子。あの子が本当に、この狂った空間を生み出していたんですか?」


 僕の問いかけに、彼は難しい顔をする。





 今回の依頼は、意識不明になっている恋人をどうにかして欲しいというものだった。

 そして調査を重ねた結果、男が見ている夢が原因だと分かる。


 どうやったのかは分からないが、僕達は夢の中へと入った。

 夢だからかぼんやりとした景色。

 そこで意識不明だという、男が包丁を持って歩いているのが見えた。


 慌てて男の元に向かおうとしたが、村上さんに止められる。


「たぶん、あいつが向かっている先に犯人がいる」


 だから僕は先回りをして、女の子に話しかけた。

 泣いていた彼女は、男が村上さんに取り押さえられたのを見ると安心した顔で笑った。


『あ。良かった』


 その言葉は、一体どういう意味だったのだろうか。


 僕の話を聞いた村上さんは、男の夢がもうすぐ覚めるせいで消え行く体を面白そうにしながら、彼女がいた場所を見つめた。


「最初は悪意だったはずだ。だけど繰り返す内に、加害者が被害者に。被害者が加害者に彼女の中で変わったのか。何が何だか分からなくて、自分の意志も無くなって、おかしくなったんだろう」


 彼女の最期。

 安心した顔で、まるで夢から覚める事を望んでいたかのような。

 彼女が歪めたこの世界で、もしかしたら苦しんでいたのか。


 どんな気持ちでいたのかは分からないが、とにかくこれで終わりだ。




 夢から抜け出す瞬間まで、僕は一応彼女に対して冥福を祈った。






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