15.訴える




 祓い屋で仕事を始めていて、霊に同情してしまう事はたまにある。

 その中でも、特に印象深い出来事は今でも鮮明に覚えている。





 それは、暑さが弱まる事の無い8月の事だった。

 夜でも暑さはそこまで変わらず、汗で不快な気持ちになっていた。

 そんな中で、僕達は学校の見回りをしている。



 暑い。

 この言葉は、今僕の中で禁句になっている。

 先ほどまで何度か言っていたら、村上さんからの鉄拳制裁を受けた。

 それ以降は、思っても絶対に口には出さないと固く口を閉ざしている。


「それにしても、今の所何も起こらないですね」


「ああ」


 今回、受けた依頼はとても奇妙なものだった。

 依頼人は霊感のあるという、教師の飯田。

 とても困った様子の彼は、しかし怯えているという様子ではなかった。


「彼らを救ってあげて欲しいんです」


 霊に対して救う、という言葉を使ったのは彼が初めてだ。

 僕は彼に対して興味を抱いた。

 そして村上さんの方へ、依頼を受けてもらえるように視線を向ける。


「ああ。構わない」


 彼も何かを感じたのか、依頼を受けてくれるようだ。

 飯田もほっとして、何かを差し出してきた。


 見てみると、落書きされている紙だ。

 クレヨンで描いたような、子供の絵。


「えっと。これは?」


 何の脈略もなく出された絵に、僕はわけが分からなくなってしまう。

 それを見て飯田は慌てて、説明を始めた。


「あ、すみません! これはその霊が描いたもので。持っていれば、出てきてくれると思うんです」


 なるほど。

 つまりは、霊が幼い子というわけだ。

 僕は紙を受け取ると、丁寧にしまった。


 そして飯田と村上さんが、日にちなどの念入りな打ち合わせをしているのを聞いて頭に叩き込んだ。





 霊はどんな形で、どういう風に出てくるのか。

 飯田もそれがよく分からないらしく、とりあえず歩いてくれとの話だった。

 だから見回りもかねて、歩いているのだが一向に出て来ない。


 暑さも相まって、村上さんの機嫌がどんどん悪くなっているのを感じる。

 しかし、出て来ない限りは終わらせられない。


 僕は彼がこれ以上怒らない様に、細心の注意を払う。



 学校という場所は、依頼を良く受けるが全く慣れる事は無い。

 気味の悪さを感じながら歩く。

 僕は暇になってきて、もらった紙を懐から出し開いた。


 この前は暇が無かったが、よくよく見てみると中々面白い絵である。

 中心におかっぱ頭の女の子。

 そしてその周りを囲む、多種多様の化け物。

 それぞれが何だか見た事がある気がするのは、気のせいか。


 僕は霊の正体に予想がついてきた。

 多分、それは概ね合っているはずだ。


「村上さん。そろそろ行きますか?」


「ああ」


 どこへ行けば会えるのか。

 僕達は確信していた。

 そして飯田も本当は、分かっていたはずだ。

 だからこそ、渡された地図の見回りルートの最終地点がそこになっているのだろう。


 とりあえず見回りは継続しつつも、僕達はゆっくりとそこへ向かった。





 ようやく辿り着いた目的地。

 いつもだったら縁の無い、女子トイレの入り口。


 僕達はどちらが中に入るかで、もめていた。

 しかし2人の主張している内容は、少し違う。


「だから僕が行きますって! 何かあったら叫びますし、村上さんが何とかしてくれるでしょう?」


「いや。いくら害が無さそうとは言っても、霊感の全く無いお前には荷が重い。大丈夫だと確認出来たら、呼ぶから待ってろ」


 2人共、自分が先に入ると言ってお互いに譲らない。

 僕の方は、村上さんの手を煩わせるわけにはいかないから。

 村上さんの方は多分、僕を心配しているから。


 そうして主張をし続けていたが、最初に折れたのはやっぱり僕だった。


「分かりました。でも、僕も一緒に行きたいです」


「余計な事はするな」


 しかし条件は変えて。

 村上さんもここで争うのは得策ではないと思ったらしく、渋々だが了承してくれた。


 そして数分かかったが、ようやく中へと入る。

 女子トイレに入る事に抵抗が無いわけではなかったが、仕事だからしょうがない。


 雰囲気を出すために電気は点けず、僕達は静かに入った。

 当たり前だが、何の音もしない。


「それで、どうやって呼び出します? 色々な方法ありますよね」


「あ? まどろっこしくて、面倒くさい」


 呼び出す方法は色々知っているけれど、本当にそれで出てくるかは分からない。

 そう思っての、問いかけだった。

 しかし村上さんは無表情で、3番目の扉に近づき勢いよく叩きだす。


 ドンドンドン


「ちょ、村上さん?」


 ドンドンドン


 慌てて僕が腕を掴むが、ものともせず彼は叩き続ける。

 そうしている内に、扉の向こうから僕の耳が小さな悲鳴を拾った。


「ひえっ、何。怖い」


 女の子の声。

 それは、すでに泣きそうだった。

 気が付いた僕は、今度は強めに村上さんを抑える。

 そうすれば彼も叩くのを、ようやく止めた。


「ひっく、ひっく。話と違うっ」


 しかし遅かったのか、泣きそうな声は泣いている声に変わっている。

 僕はため息をついて、中へと呼びかけた。


「ごめんね。驚かせたよね。僕達は君を傷つけたいわけじゃないんだ」


 自分で言っていて、あまりにも怪しすぎると思ってしまう。

 それでも出てきてくれなくては困るので、何度も何度も優しく呼びかけた。


 続けていると、泣き声が小さくなっていった。

 そしてゆっくりとだが、扉が開いていく。


 中から出てきた子は、うっすらとだったが僕にも見えた。

 そして思っていた通りだった。


「トイレの、花子さんだ」


 僕はその名前を口に出す。


「しってるの? わたしのこと」


 彼女はとても嬉しそうに、僕の方を見た。

 何だか彼女の姿が、少し見えやすくなった気がする。


「ええと。うん、有名だからね」


 霊とはいえ子供の相手をするのは苦手だ。

 僕は目線を合わせつつも、引き気味に彼女と話す。


 しかし彼女は、とてもキラキラした眼差しを僕に向けてきた。


「ほんとうに? うふふ」


 先ほどまでの泣きそうなのも大変だったが、ぐいぐい来られるのも辛い。

 怖がらせるわけにもいかないから、絶対に表には出さない様にしているが。



 彼女と話していくと、鈍い僕でも分かった。

 最初は薄く透けていた体が、どんどん存在感が出てきている。

 それは何故なのか。





「良かった。出てきたんですね」


 そう思っていた時、トイレの扉から声が聞こえてくる。

 そちらを見ると、依頼人の飯田がいた。

 彼は申し訳なさそうに、はにかむ。


「あ! せんせい!」


 そしてその体に、花子ちゃんは体当たりをした。

 優しく受け止めた飯田は、その頭をなでる。


「そういう、わけか」


 何だか微笑ましい光景。

 それを壊した村上さんは、飯田を少し睨んでいる。


「はい。すみません。利用してしまって」


 2人共、話が通じているみたいだ。

 しかし僕と花子ちゃんは、ついていけず顔を見合わせて首を傾げる。



「あ、ああ。えっとね、あなた達には彼女の為に来てもらったんだ」


 僕と花子ちゃんの様子を見て察した飯田が、説明をしてくれた。




 いわくこの学校にいる花子ちゃんは、別にトイレに引きずりこむなどの悪い事はせず、ただ見回りをしている先生と遊んでもらいたがるだけだった。

 そして昔は、彼女の他にもたくさんの霊がいたらしい。



 しかし時が経つにつれて、段々といなくなってしまった。

 何故なのか。

 それを探していた飯田は1つの可能性に行きついた。


 霊は人から認知されなくなると、その姿を維持していくのが難しいという話がある。


 だから今の科学が発展していった世の中で、花子ちゃんを含む霊は人々に忘れられて消えるしかなかったのでは。

 そう考えた彼は、彼女だけでも助ける為に村上さんに相談しに来た。


 それは力のある彼を使って、彼女の力を取り戻させる為に。

 彼女の存在を確固たるものに。



 そして、上手くいった。

 今の花子ちゃんの姿が、その証拠である。



「おにいちゃん、わたしとあそびにきたの? そうなんでしょ?」


 果敢にも村上さんに近づき、足にしがみついて話しかけている彼女。

 彼も何も言わないが。振り払おうとはせず頭を撫でた。


 僕は何だか、悲しい気持ちが襲い掛かってくる。


 霊も悪い奴が多い。

 しかしそうではない者達に対して、僕に出来る事は無いだろうか。

 ずっと考えてしまった。





 花子ちゃんは存在していても、悪い影響を受ける事は無い。

 村上さんがそう判断して、彼女を祓わなかった。


 だから今も、あの学校で先生達とたまに遊んでいるだろう。




 そして村上さんもたまに、夜に出かける事がある。

 行先は言わないが、僕はそれを見送るたびにニヤニヤとしてしまう。

 毎回、照れ隠しに強めに叩かれているが。




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