14.エイプリルフール
4月1日。
それは誰でも知っている、嘘をついても良い日。
国によって午前中までだったり、1日中だったりする。
そして企業が嘘をつく事もあるのだから、メジャーなイベントである事は確かだ。
かくいう僕も、そういうイベントが大好きである。
ポリシーとしては、誰も傷つかない楽しい嘘。
最後はみんなで笑えるようなものが、理想だ。
しかし社会人になって、その機会はなくなってしまった。
祓い屋で働き始めて、4月1日が近くなるにつれて僕はそわそわとしていた。
所長である村上さんを、騙してみたい。
その事しか頭になかった。
だから念入りに準備を始めた。
彼に嘘をつくとしたら、それ相応のものにしておかなくてはならない。すぐにバレるのは嫌だし恥ずかしい。
そして大丈夫だと確信すると、僕はその日を迎えた。
事務所に行くと、村上さんは特に変わった様子は無かった。
イベントに興味の無い人なので、たぶん今日が何の日なのかたぶん知らないんだろう。
僕は顔に出さないようにしながら、雑用の仕事をしていた。
その間もいつ始めようか、タイミングをうかがう。
「そろそろ休憩するぞ」
ついにその時が来た。
仕事をしていた机から離れ、いつもの様に村上さんはソファに座る。
僕はあらかじめ時間を見計らって用意していた、紅茶を置いた。
何度か深呼吸をして、自分を奮い立たせると僕は覚悟を決める。
「村上さん」
「何だ」
声をかけてみて、彼の機嫌があまり良くない事に気が付いた。
少し怯んでしまいそうになるが、僕は続ける。
「あの、最近なんですけど。僕、幽霊が見えるようになった気がするんです」
「はあ?」
村上さんの顔がこちらを向き、胡乱げな視線を向けてきた。
その視線に緊張で固まりそうになる。
しかし、少し不安げな顔を意識して何とかやり過ごす。
「実際に、何回か見ているんです。今だって、あ、あそこに。血まみれの女の人が、僕には見えるんです!」
そして部屋の隅、僕からは正反対の位置にある場所を指した。
彼の視線がそちらに向けられる。
そのすきに、少し気を抜いた。
村上さんはしばらく、そこを見る。
僕はもしかしたら騙されてくれるかもしれないという期待を込めて、更に演技をした。
「に、睨んでますよね。何か、誰かを恨んでいるんじゃ……。お願いします。ど、どうにかして下さいっ!」
最後に彼の方に近づき、ネタバラシをすれば終わりだ。
しかし近づこうとする事は出来なかった。
村上さんが僕にてのひらを見せて、制止させたからだ。
「ど、どうしたんですか」
不穏な雰囲気に、もしかしてバレてしまったのかと心配になる。
そうしたら後々が本当に恐ろしい。
僕は顔を引きつらせる。
「来るな。面倒になる。そこで見てろ」
彼が今もずっと見ているのは、僕が嘘で霊がいるといった場所。
そしてそこに向かって、突然テーブルの上から塩を掴み塊を投げつけた。
お祓いの為ではなく、観賞用の岩塩。
それは鈍く重い音を立てて、壁に当たった。
穴は開く事は無かったが、へこんでいる。
「何、やっているんですか?」
突然の事態に腰が抜けてしまった僕は、村上さんの頭がおかしくなってしまったのではないかと心配になってしまう。
しかし投げつけた彼は涼しい顔で、こちらをようやく見た。
「お前も見えていたんだろう。だから手っ取り早く除霊しただけだ。金にならないから、あれで良いだろう」
気だるげに、でも真剣な目で彼は言った。
僕はそれを聞いて、背筋がぞっとする。
「村上さん」
「今日がエイプリルフールだって、知っていたんですね」
彼は返事をせず、ただ笑った。
それが答えのようなものだ。
最初から彼の手の内だった事を、僕は理解する。
嘘をつく事を見越して、彼も準備していたのか。
そうではないと、一昨日買った岩塩の説明がつかなかった。
きっと僕がそわそわしているのも分かっていて、放置していたのだろう。
そうだとしたら、僕は別の問題に直面している事となる。
「あ、あの。嘘をついてすみませんでした。本当、反省しています」
返事は無かった。
僕を見つめて、黙っている。
僕は冷汗がだらだらと流れ、許してもらうにはどうすればいいのかと、頭の中でぐるぐると考えた。
しかしいい考えは浮かばない。
「本当にすみませんでした。あとで何でもしますから」
「分かった」
一応、機嫌は直ったようだ。楽しそうに残りの紅茶を彼は飲み干した。
たぶん、次の買い出しの日に良い茶葉を買われるな。
絶対に起こるであろう未来を想像して、僕は肩を落とした。今月はとてもお金がピンチなのだが、悪いのは自分だから仕方ない。
今年のエイプリルフールは、まんまと騙されてしまった。
敗北感を抱きながら、僕は紅茶のおかわりを入れるために立ち上がり扉に向かう。
そして、部屋を出るために扉を開けようとしたその時、背中に声がかけられた。
「ああ。お前、来た時から背中になんか載せてるけど、重くないの?」
「え」
僕は振り向いて、彼を見る。
機嫌の好さそうな顔。
しかし、その目が嘘をついているとは思えなかった。
「う、嘘ですよね?」
「どうだろうな」
詳しい話を聞こうとしたが、彼は紅茶を早く淹れに行けとジェスチャーをした。
僕は台所に向かいながら、背中が段々重くなっているような感覚に襲われる。
きっと村上さんの仕返しの嘘なんだろう。
だから重くなっていると感じるのは、錯覚なんだ。
たぶん、おそらく。
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