13.憧れる





 祓い屋の所長、村上さん。

 僕は理不尽な事を何度もされているが、彼に憧れの気持ちを持っていた。


 だからこそ彼と働いているのだ。





 しかし今日は、いつにもまして暇である。

 村上さんもソファであくびをして、とても眠そうだ。


 僕はおかわりの紅茶を、どのタイミングで持っていこうか迷っていた。


「それにしても、今日は依頼人が来ないんですか?」


 少し呆れて言うが、寝てしまっているのか返事は無い。

 いつもの事なので気にせず、僕は他の作業を進める。


 機械のチェック、これは重要だ。

 村上さんの役に立つ事が目標の僕にとって、突然壊れてしまうのは避けたい。

 念入りに部品、配列、動作の確認をして、満足のいくものにすると大きく伸びをした。


「あー疲れた。村上さんは……勝手に紅茶淹れてるし」


 彼を確認すると、紅茶を飲んでまどろんでいる。

 自分でも淹れられるのに、動こうとしないなんて勝手な人である。

 僕は機械を元に戻すと、次は何をしようかと探す。


 特に今やる事は見つからず、僕は帰る事にした。


「すみません。今日は帰りますね」


 一応声はかけたが、また返事は無かった。





 今日は僕が行くと、すでに依頼人が来ていた。

 年配のふくよかな女性。

 笑えば優しそうなその顔が、今は憂いを帯びた表情になっていた。


「息子が最近、変な言動をするようになって」


 彼女はハンカチで目を抑えて、語りだす。


「妙な事ばっかり言って、仕事も辞めて何をしているのか。色々とたくさんの物を買って来ては、部屋にこもって。そしてどこかに行ったきり帰ってこない。きっと憑りつかれているんですよ」


 大きく嗚咽をこぼした。

 その姿に胸が痛むが、僕が手を出せるような話ではない。


「分かった。依頼を受けるので、今日は申し訳ないですけど帰ってください」


 いつもよりは丁寧な口調で、村上さんは言った。

 その姿は、本当に頼もしく見える。


 彼ならきっと何とかしてくれるはずだ。

 僕も彼女も、同じ事を思った。





 それから村上さんは、古今東西駆けずり回った。

 今回はなかなか苦戦したようで、僕はそっとサポートする事しか出来ないでいた。

 しかし彼は僕が認めた人だ。


「明日、カタをつける。彼女を呼んでくれ」


 彼の言葉に、胸が高鳴るのを感じる。

 とうとうこの日が来たのだ。


 僕は舞台を整える為に、明日に向けて準備を始める。

 全ては村上さんに輝いてもらえるように。





 日付が変わるのを、こんなにも楽しみにしていたのは生まれて初めてだった。

 一睡も出来ずに、僕は事務所に来た。


 村上さんはすでに中にいる。

 扉を前にして、僕は何度も何度も深呼吸をした。


「おはよう、ございます」


 そして扉を開ける。


「ああ」


 彼は僕を見て、手をあげる。

 しかし中には、彼の他に2人の人物が待っていた。


「えっと」


 1人は依頼人の女性。

 そしてもう1人は……。


「清! あんた何をしているの?」


 その人を確認する前に、女性に近づかれて声をかけられる。

 僕は彼女の体を突き放そうとするが、上手く力が入らなかった。


「いや。僕は、この事務所の。村上さんに、雇われて」


 話している自分の声が、どこか遠くで聞こえているように感じる。





「何を言っているの? あんたが変な事をしているから、私はここに依頼をしに来たんだよ。本当におかしくなったのかい? こんなに迷惑かけて!」




 分かっていた。

 ずっと分かっていたのだ。



 僕の名前は清。

 目の前の女性は、母親。


 村上さんの所で働いているというのは、妄想の中の話である。



 現実を突きつけられた僕は、渇いた笑いをこぼして彼を見た。

 彼はもう1人の、事務所の本当の従業員と顔を合わせる。


「別に特に害があったわけじゃないから、構わないですよ。むしろご相談があるんですが」


 悪い笑みを浮かべた村上さん。

 その顔に嫌なものを感じながらも、母と彼が話をしているのをただ聞いていた。








 僕は今までのストーカーで培った技術を買われて、気が付けば念願の祓い屋で働く事となっていた。

 人を相手にするのは向いていないので、もっぱら中での雑用だが、今はとても充実した日々を送っている。


 たまに村上さんの理不尽な要求を受けるが、その時はもう1人の従業員の人と顔を見合わせて、苦笑いをお互いに浮かべて慰めあった。



 実は、今が本当に現実なのか心配になってしまう。

 全て僕の妄想の中で、いつか目が覚めてしまうのではないか。

 こんなにリアルなのだから、妄想なわけがない。


 そう自信を持って、僕はもしかしたら待っているのかもしれない残酷な真実が来ない事を、ただ望んでいる。




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