12.虚栄
僕が働く前の祓い屋は、どうやって営業していたのだろう。
そんな疑問が出てきたのは、休みの日に何もやる事が無かったからだ。
所長である村上さんは、コミュニケーション能力があまり高いとは言えない。
前に一回、僕が来る前の話を聞いた時があるが想像がつかなかった。
どうやって依頼をとって、もてなして、事務所を運営していたのか。
全く見当がつかない。
そんな時ちょうどタイミングよく、その人と出会った。
「村上さん、久しぶりですね」
そう言って笑った女性は、とても綺麗な人だった。
「あら。新しい従業員さんを雇ったのね。トワコと言います。よろしくね」
僕の存在にすぐ気づいた彼女は、笑顔を向けてくる。
あまりにも綺麗で、僕は緊張して返事が出来なかった。
今日は村上さんの紅茶の茶葉を、買い出しに行く日だった。
のんびりと2人で歩いていた時に、トワコさんは話しかけてきた。
村上さんは特にこれといった反応をせず、全く何も言わない。
「ちょっと時間ある? そこのお店、美味しい紅茶を出しているの。飲んでお話ししない?」
彼女は自然の流れで、僕達をお茶に誘った。
僕は喜んでお付き合いしたかったが、村上さんの顔は険しい。
茶葉をさっさと買いに行きたいのかと、仕方なくトワコさんの誘いを断る事にする。
「少しだけな」
しかし、その前に村上さんが了承した。
珍しいものだと僕は驚きつつ、先を歩く彼女についていく。
辿り着いたお店は、彼女の言った通り紅茶が美味しかった。
僕は久しぶりに飲む紅茶の味に、ほっと息を吐く。
各々一息つくと、トワコさんはようやく口を開いた。
「元気だったかしら?」
「ああ」
会話はそれで終わる。
あまりにも居た堪れない空間。
この空気をどうにか出来るのは僕しかいない。
そう考えて声を裏返させながら、話しかけた。
「あの、トワコさんは村上さんと、どういう関係なんですか?」
ずっと気になっていた事。
こんなに綺麗な人と、どういう知り合いなのか。
村上さんは何も言わなかった。
トワコさんは、軽く笑う。
「そうねえ。商売仲間みたいなものかしら」
「え! じゃあトワコさんも、除霊しているんですか!」
彼女と霊が結びつかない。
僕は驚いて大きな声を出してしまい、隣の村上さんに足を強く踏まれた。
それでも痛みより、今は驚きや好奇心の方が強くて、更に話を聞こうと身を乗り出す。
隣りからの視線を強く感じるが、無視した。
「まあ、村上君よりは腕は落ちるけどね。あなた大丈夫? 彼の所で働いていて。前の子は、耐えきれなくて辞めちゃったんだから」
長い付き合いなのは本当らしい。
僕の知らない話を、知る事が出来そうだ。
「本当ですか? 僕はしばらくは、村上さんの所で働いていくつもりです。前の人ってどういう人だったんですか?」
「そうねえ。結構サバサバとしている子で、彼に対しても態度は悪いといえば悪かったわ。自分の主張は曲げたくない。だからいつも衝突していたし」
前に働いていた人。
全く、想像がつかない。
「えー。その人無謀だったんですね」
「ふふ。今思うとあまり良い子じゃなかったわ。それに比べるとあなたは真面目そうね。私の所で働いている子に似ている。その子もすごい真面目で、言う事を何でも聞いてくれるの」
彼女は店員を呼んで、ケーキを頼んだ。
僕達に視線を向けられたが断る。
話は聞きたいが、あまり長居するつもりはなかった。
しかしトワコさんは、あまり察していないようで。店員が去った後、また話を始める。
それは主に自分が手掛けてきた依頼の内容だった。
「それで。この前、少し大きな依頼がきてね。まさかの神様が相手だったのよ。本当、嫌になっちゃった」
村上さんより腕は落ちると言っていたが、神様を相手取ったのだとしたら相当じゃないのか。
僕は尊敬の眼差しで、トワコさんを見つめた。
彼女も満更ではなさそうだ。
「凄いですね、神様なんて。それでどうなったんですか?」
「相手も悪い方じゃなかったから、お話したらすぐに大人しくなってくれたわ。多いのよね、お願いしたら分かってくれる方」
目の前に置かれたケーキを、彼女は小さく食べて顔をほころばせる。
その様子を見つめながら、僕は癒されていた。
「そろそろ、良いか? 用事があるんだ」
彼女と僕でほのぼのとした空間を作っていたら、村上さんが間に割り込んできた。
そして机の上に何枚かの紙幣を置くと、僕の腕を掴みそのまま立ち上がる。
「そう。じゃあ、また」
「はい。トワコさん」
トワコさんは気にした様子も無く、笑って手を振った。
僕も小さく振り返し、そして店を出る。
しばらく歩き、覚えのある道に戻ってきた。
僕はそのタイミングを見計らって、村上さんに話しかける。
「あの人。言っている事は、どこまでが本当ですか?」
彼は目を大きく開いた。少し驚いているようだ。
「よく分かったな」
たったそれだけ。
その言葉を聞いて、僕の考えは当たっていたのだと分かる。
「何か、言っている内容は凄いですけど。しっくりこないんですよ。だから嘘だったのかなって」
彼女の話はずっと、現実味が帯びなかった。
何だか、作り話を聞いているみたいに思えた。
それが本当に作り話だったせいとは。
聞いていた時は、いつボロを出すかなと楽しみにしていたが、今は少し寒気がする。
「お前もちゃんと見ている時はあるんだな」
村上さんは相変わらず冷たかった。
しかしそれでも、褒められたのには変わらないと思う事にする。
「でも、どの話が嘘だったんですか?」
色々と話していたが、そのどれが嘘だったんだろう。
それを知るのは少し怖かったが、とても気になった。
村上さんは大きなあくびをして、そして眠そうな顔で言う。
「最初から最後まで、全部嘘だ。俺にあんな知り合いはいない」
彼の言った事を理解した僕は、愕然とする。
どうして村上さんを知っていたのか。
何で彼女の誘いに、彼はのったのか。
疑問はたくさん出てきたが、もう二度とトワコさんとは会いたくないと、それだけは思った。
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