11.その理由
たくさんの霊に憑りつかれている。
そう言って祓い屋に突然来た男性は、見るからにやつれていた。
今日はどういう心境の変化か分からないが、依頼人が誰もいない日だった。
だからまったりと掃除をしたり、いらないものの整理をしたりという風に時間を過ごしていた。
しかし急に事務所の外が騒がしくなり、その男性は飛び込むように中へと入ってくる。
「す、すみませんっ。外の看板を見たんですけど」
スーツ姿の30代後半のその人は、息も切れ切れにそう言った。
それを聞いた近くにいた事務所の所長である村上さんは、小さく「今日は誰も来ないようにしろって言ったのに」と恐ろしく低い声を出す。
僕は怯えながらも、来てくれた依頼人をもてなす為に招き入れる。
とりあえず好みを聞いて、コーヒーを淹れに行く。
村上さんには1番のお気に入りである紅茶で、少しでも機嫌を直してもらおうと考える。
事務所に入ってきた当初は、息の荒かった男はコーヒーを一口飲むと、少しは落ち着いた。
「取り乱して、お恥ずかしい所を見せてすみません」
そう言って恥ずかしそうにしながら、彼は菊池と名乗った。
彼はしばらくもごもごと口を動かして、そして話す。
「俺は、霊感も何も全く無いと思います。でも最近、夜寝ていると物音がしたり、たくさんの人の声が聞こえるようになって。あとは死にそうになる事が、何度も起こっているんです。いつか死んでしまうんじゃないかって、怖くて怖くて」
話し始めると止まらなくなったのか、菊池はどうでもいい事も教えてくる。
最近見た映画の感想は、どうでもいいし関係ないはずだ。
それなのに彼の話は終わりが見えない。
ついには仕事の愚痴に発展した時、ようやく村上さんが動いた。
「そろそろ静かにしろ」
そう言っただけで、菊池は口を閉ざし怯えた表情になる。
何だか調子のいい人である。
少し、いやかなり苦手なタイプだ。
「すみません、話始めるとどうしても止まらなくなって。それで除霊とかはいくらぐらいかかって、どのぐらいの効果がありますか?」
怒られた事が分かっていないのか、彼はへらへらして聞いてくる。
今まで来た依頼人で、真っ先に金額と村上さんの腕の心配をしてきた人はいなかったので、僕は面食らってしまう。
「金額は依頼による。効果は保証はするが、ずっととは言えない」
村上さんは特に、苛立った様子も無くそれだけ言った。
「それじゃあぼったくる可能性もあるし、偽物でも分からないじゃないですか」
この人は一体、何をしに来たのか。
そんな疑問さえもわいてきてしまうぐらい、菊池の態度は悪かった。
僕の機嫌はどんどん悪くなってしまう。
村上さんの隣で、失礼を承知で睨んでいた。
そんな僕の頭は、勢いよく叩かれる。
鈍い痛みに隣を見るが、彼は素知らぬ顔をしていた。
「お前も働いている身だったら、子供みたいな行動をとるな」
たったそれだけの言葉だった。
しかし僕はそれを聞いて、自分が恥ずかしくなる。
村上さんに言われるまで、そんな事も分からなかったとは。
一時の感情にふりまわされて、大人としてやってはいけない態度をとってしまった。
「はい、すみません」
声を潜めて小さく謝罪する。
そうすれば何度か、頭を痛くない程度の力で叩かれた。
僕は一応許されたのだと思う事にして、飲み物のおかわりを用意するために席を立つ。
思っていたよりも時間がかかってしまった。
僕は2人分の飲み物をお盆にのせて。部屋へと戻る。
そしてノックをして中へと入ろうとした時、扉が開かれた。
驚いて中身が零れそうになるが、何とか踏ん張って耐える。
「あれ。もう終わったんですか?」
中から出てきたのは、村上さんと顔色の悪い菊池だった。
さっきまでとは違い、更に顔がやつれて元気が無い。
「あり、がとう。ございました。すみません」
彼は途切れ途切れに礼を言うと、そのままふらふらと去っていった。
僕はその背中を見送りながら、村上さんに尋ねる。
「何、したんですか?」
「ちょっと話をしただけだ」
それだけじゃないと分かったが、特に聞かない。
しかし今は機嫌が良くなったようで、彼から話してくれた。
「あいつは憑かれやすい性格だ。お前が今日は妙にいらいらしていただろ。そんな感じで、無意識に霊を怒らせてしまう。憑いている中には、あいつ自身の知り合いもたくさんいた。だから言ってやった。その性格を直さないと、死ぬぞって」
「そうなんですか。でも、それだけで憑かれるものなんですね」
村上さんは、こう話を締めくくった。
「そんなもんだ。殺人だって些細な理由で起きる事があるんだ。霊が憑りつくのなんて、余計にどうでもいい理由の時がよくある」
それを聞いて、僕は絶望する。
村上さんがいるから今は何とかなっているが、もし1人になったら。
霊に対してどうする事も出来ない僕は、ただ取り殺されるのを待つしかないのか。
そう思うと、とても怖かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます