10.同情




 祓い屋の所長、村上さんは誰にでも厳しい。

 それは、しばらくの間一緒に働いている僕が保証できる。


 幽霊も働き手として使う人に、優しさなんてあるのか。

 絶対に無いはずだ。

 そうでなくては、僕が報われない。



 しかし、そんな彼にもまさかの例外があった。





「おねがいです。たすけてください」


 今日来た依頼人は、涙ながらに僕たちに訴えた。





 見たところ、小学校高学年ぐらいか。

 たった1人でこの事務所に来た女の子は、入ってきた時から涙を浮かべていた。

 しかし受け答えはしっかりしていて、自己紹介もきちんとしたものだった。


「私の名前は、棚村未央です。この近くにある小学校に通っています。ここへは友達から聞いて、来ました」


 ペコリと音を立てながら、未央は頭を下げた。

 その様子を見て、何だかほのぼのとしてしまったのは内緒だ。

 今は緊急事態なので、口が裂けても言えないが。


 僕は彼女には何を淹れたらいいか分からず、結局お茶を出した。

 目の前に置くと、小さくお礼を言われる。

 年齢の割に、本当にしっかりとした子だ。


「実は誰か分からないんですけど、最近付け回されていて。私、どうしたら良いか分からなくて。でも怖いから」


 しかし限界に達したのか、とうとう泣き出してしまった。

 泣いている彼女の前に、そっととっておきのチョコを置く。


 慰めになるかは分からないが、少しでも元気になってくれればという思いからだ。


「ありがとう、ございます」


 未央はチョコをゆっくりとかじり、更に涙をあふれさせる。


「分かった。助けてやるよ」


 その時、ちょうどいいタイミングで村上さんは言った。

 彼女も涙を止めて、そしてまじまじと彼の顔を見る。


 その顔が冗談を言っているのではない事を確認したのか、何度も何度も頭を下げた。





「お代は結構だ。出来るだけ早くやるからな」


 村上さんがそんな事を言うなんて、本当に珍しい。

 未央の頭をくしゃりと撫でて、安心させるかのように笑った彼の顔を、まじまじと見てしまった。

 そのぐらいありえない事態だ。


 子供に対してだったら、村上さんも優しくなるんだな。


 彼の人間らしい所に、少し見直してしまった。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 未央も安心して、少しだけ笑みを取り戻す。





 彼女が何に付け回されているのか。

 まずはそれを調べなくてはならなかった。


「誰が、あんなに良い子を付け回しているんですかね。不審者とかかな」


「さあな」


 村上さんは、どこかぼんやりとしていた。

 今日は本当に珍しい。


 そんな彼を引っ張って、僕は彼女の周囲を調べる事にする。

 しかし特にこれといって、怪しい人は見つからない。



 彼女の心配を早く、取り去ってあげたい。

 それだけを目標に僕は頑張っていた。





「何で見つからないんだろう。彼女が怯える正体が。こんなに長い期間、調べているのに」


 相手が相当用心深いのか。まさかプロなのか。

 調査を始めて、もう2週間が経ったが未だに何の手掛かりも見つからない。


 しかも村上さんも、いつもより仕事に対する情熱が無く、いつもどこかへふらりと出かけてしまう。そのせいで更に進まない。



 何でなのか。

 彼に対する怒りで、僕は爆発しそうだった。


 明日は未央が来て、調査の報告をする日だ。

 何も分かりませんでした。じゃいくらなんでも良くない。


 それなのに、僕一人だけが頑張っているようで。

 頑張って色々と試してみたが、結局収穫を得られないままその日を迎える事となった。




 未央は少しやつれてしまったように見えた。


「お久しぶり、です」


 しかし気丈にも、顔に笑顔を浮かべて僕達に挨拶をする。

 僕はその姿に、胸が痛くなりながら彼女に席をすすめた。


「それで、どうでしたか?」


 そうなる事は分かっていたが、席に座った途端本題に入る。

 その瞬間、緊張して僕の口はからからに渇く。


 何を話せばいいか。

 どう誤魔化すべきか。


 僕の頭はぐちゃぐちゃになっていた。

 しかし、話はしなくてはならない。



「あ、あの。もうしわけ」


「何とかしてやる方法見つけた」



 どんなに罵倒されようとも、正直に言おう。

 まず謝罪から出そうとしていた話は、村上さんに遮られた。


 彼は未央の方に近づき、肩に手を置く。


「ほ、本当ですか?」


 希望を見つけた彼女は、涙がにじむ目で嬉しそうに言った。


「お前が生きている間、そいつからの付きまといは無くなる。絶対にな。すぐ始めるぞ」


 力強くうなずいた村上さん。

 彼女の方に置いた手を、強く何度も何度も叩き始めた。


 突然の事に、痛みから彼女は顔をしかめる。

 しかし我慢して、それを受け入れた。



 その時間は5分ぐらい続いた。

 最初は止めようとしていた僕の手は、力を無くしている。


「終わりだ」


 たった一言、村上さんは言って離れた。

 未央は痛みに呻きながらも、すぐにその顔は輝く。


「なにも、なにも感じないです。いつもの嫌な視線も全く。いなくなってる! あ、ありがとう。ありがとうございます!」


 顔をきょろきょろと動かし、辺りを確認した彼女は大きな声でお礼を言う。

 そして僕に対しても、頭を深く下げて言ってくれたが、何もしていないのに受け取る事は出来なかった。





 彼女は晴れ晴れと、事務所から出て行った。

 何とも言えない気持ちを抱えながら、ソファで寛いでいる村上さんの前に紅茶を置く。


「あの。どういう事ですか」


 疑問しかなかった。

 何もしていないと思っていた彼が、1番彼女の為に動いていたとは考えたくない。

 しかしそれが現実だ。


「村上さんは彼女に何をしたんですか。彼女には何が憑いていたんですか」


 僕の疑問に、意外にもすぐに答えが返って来た。


「あの子に憑いていたのは、神様っていうやつだ。きっとどこかに出かけた時に、気に入られたんだろう。それで嫁か眷属にしようと、見張っていたんだ」


 紅茶を一口飲んで、村上さんは静かに話す。

 僕は向かいのソファに座って、聞く体制に入る。


「さすがに神様相手には、骨が折れるから準備はしなくちゃいけなかったが。まあ何とかはなると思う。さっきも言った通り、生きている間には手出しがされなくなるはずだ」


「すごい、ですね」


 たったの2週間で、神様相手にどうにか出来るのか。

 凄い人だとは思っていたが、まさかそこまでとは思っていなかった。

 いらいらしていた気持ちを忘れて、僕は尊敬のまなざしで彼を見る。


 しかし村上さんは舌打ちした。


「そんな事は無い。あの子にはあえて言わなかったけど、生きている間はどうにもされない。だけど死んだ時は、その時の保証はない。きっと真っ先に連れていかれるな」


 遠くを見つめて、彼は辛そうにする。

 どうにも出来ない歯がゆさを、今は感じているんだろう。



 数十年後の未央の未来を憂いて辛い顔をしている彼に、かける言葉が見つからないまま僕は目を閉じた。




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