9.ゾンビ




 ゾンビというものが、小さい頃から怖かった。

 死んだ人間が蘇る。

 そして人を食い、ゾンビを増やす。


 日本という国に生まれて、その対処法が難しい事に絶望するほどだった。

 祓い屋で働き始めてからも、それが克服される気配はない。



 それを、事務所の所長である村上さんに話したことがあった。

 その時の答えは、馬鹿にしたような笑いだけ。

 誰にも未だに理解される事の無い、僕の悩みだ。





 だから僕がいない日に来た依頼の内容を教えてもらった時、村上さんは意地悪をしたのだと思った。


「何か変な男が、ゾンビを倒してほしいって。面白そうだから、依頼受けた」


 僕は開いた口がふさがらず、そしてしばらくして笑いがこぼれてくる。


「む、村上さん。冗談ですよね。ゾンビなんてこの世の中にいるはずがないし」


 エイプリルフールには少し早いが、村上さんはどんな時に冗談を言うか分からない。

 今回も僕をからかいたくなっただけなんだろうと、そう信じていた。


「いや。今日、これから行くぞ」


 しかし無慈悲な現実が、僕を襲いかかる。

 さっさと荷物をまとめた彼は、そのまま部屋から出てしまった。


 何がなんだか分からないが、とてつもなく嫌な予感がしながら準備をする。




 そして辿り着いたのは、見るからに何かが出そうな廃病院だった。

 僕はそれを見つめながら、顔が引きつってしまう。

 ゾンビが出るにはおあつらえ向きの舞台だ。

 まさか本当に、現代の日本にゾンビが存在するようになってしまったのか。


 隣りに立つ村上さんの服の裾を、怖いから掴んでいたいと思ってしまう。

 そんな事をしたら何が返ってくるか分からないので、絶対に出来はしないが。


「依頼人はどこですか。まさかこの中なんて言わないですよね……」


「行くぞ」


 本当に帰りたい。

 依頼人の変な男は、ここにいる時点で僕の中での評価は地に落ちている。

 依頼をすっぽかしても良いんじゃないだろうか。


 そう不真面目な考えも浮かんできてしまう。


「はい。行きましょうか」


 しかし、そんな事が出来るはずもなく渋々中へと入った。

 中は埃っぽく、湿っている。

 カビの臭いが鼻について、慌ててハンカチで口を抑えた。


 少しはましになったが、それでも気持ち悪いのに変わりはない。

 村上さんは大丈夫なのかと目線をやれば、顔をしかめていた。

 全然、平気ではないようだ。


 村上さんの先導で、しばらく進みようやく着いた部屋。

 そこにはプレートで、『しょうのへや』という文字が書かれていた。


 数回ノックをする。

 そうすると、中から妙に甲高い声で返事があった。



「どうぞ」



 耳に残るその声に、寒気を感じつつ扉に手をかける。

 部屋の中は雑多にものが置かれているが、ここに来るまでと比べれば綺麗にされていた。


 僕は一度礼をして入ると、すぐに脇によけて村上さんを前に出す。


「やあやあ。待っていました」


 僕達を待っていたのは、若くもなく年を取っているわけでもない、妙な男だった。

 へらへらと締まりの無い顔で、こちらに片手をあげる。


 変だが、それだけでは済まされない魅力があった。


「早速で悪いんですけど、座って座って」


 男はなれなれしく、席をすすめる。

 しかしその態度も、特に嫌な感じはしない。


「すみませんねえ。わざわざこんな所まで。しかしそれに見合ったものを保証しますよ」


 僕達が座った瞬間に、男は話し始める。

 その顔は嬉々としていて、まるで子供みたいだ。


「依頼はゾンビを倒してほしいと、聞いたが。どういう事だ?」


 村上さんは眉間にしわを寄せた。


「そうですよ。でも、困っているってえわけじゃないんです。実験をしてみたいだけ。あなたはとても腕が良いと聞きました。だからお願いです。少しだけ付き合ってもらえませんか」


 しかし絶対零度の視線をものともせず、男は笑う。

 それを聞いて、僕も顔をしかめてしまった。


 嫌な予感は当たったようだ。


「それはあなたが、ゾンビを作り出したっていう事ですか? そんなわけが」


「んー。まあ見てくれれば分かると思います」


 男は立ち上がり、僕達を見下ろす。

 そしておもむろに壁に近づき、スイッチを押した。



 仰々しい音と共に、部屋の一部が動き出す。

 そして、その中から見えてきたのはまさしくゾンビだった。


 不明瞭なうめき声。

 肉がところどころ腐っている。

 そして極めつけは、僕達に向かって必死に伸ばされた腕。


 僕は思わず村上さんの体を掴んだ。

 彼も何も言わずにいてくれて、少し安心感があった。



「これは。どうして」


「だから言ったでしょう? これは私が作り上げたものです。素晴らしいでしょう」


 男は楽しそうにゾンビの元へと向かい、伸ばされた腕を掴む。

 そして穏やかな顔で、その腕を引きちぎった。


「ひっ」


「死んでるから大丈夫ですよ」


 ぴくぴくと動いている腕を、こちらに突き出してくるが僕は更に距離を取る。




「つまらない」


 どうやって逃げようか。

 それだけを考えていたら、ポツリと村上さんはつぶやいた。


 彼の言葉を聞いて、あからさまに男の顔が固まる。


「何ですって?」


 震えた声で、男は信じられないものを見る目をした。

 しかし、追い打ちをかけるように村上さんは口を開く。


「あれ、ただの特殊メイクだな。引きちぎった腕も、よく出来ているが、作り物だ。そんな子供だましに引っかかる馬鹿がいるかよ」


 ここにいます。

 心の中で言いつつ、僕はへこむ。


 確かに村上さんの言う通り、よくよく見てみると少し粗があった。


「はあ。少しは面白いものが見えるかと思ったが、期待外れだったな。帰るぞ」


 言いたい事だけ言って、彼は立ち上がり部屋を出る。

 僕もその後ろを追った。


 部屋を出る前に男を見る。

 その顔は屈辱で、醜くゆがんでいた。








「村上さん、あれで良かったんですか」


 帰り道、僕は村上さんに尋ねた。

 あんなに煽って、復讐されるのではないか。


 それが今は心配だった。

 しかし彼は涼しい顔で、助手席で本を読んでいる。


「良いんだよ。あれで駄目になったらそこまでの人間だったわけだし。もし今日の事で本物を作り上げたとしたら」


 その本の表紙がちらりと見えた。


「それはすごく面白い事になるだろう」


『ゾンビから生き残るには』という誰向けなのか分からないタイトルだった。




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