8.守るという事




 幽霊やその他もろもろを相手にしている、祓い屋。

 そこで働きだして、僕の生活は色々と変わった。


 雇い主である村上さんに出会った事も、平凡な人生を送っていた僕にとって大きな意味を持っているはずだ。

 最初は冷たい言葉に辞めてしまおうと何度も思った。

 しかしそれでも続けているのは、ある依頼での出来事が関係している。





 それはとても寒い冬の日だった。

 僕は仕事を辞めたい事を、どのタイミングで言いだそうか考えていた。

 とにかく仕事をしたくて、なりふり構わず祓い屋という怪しい所で働き始めた。


 しかし上司である村上さんと同じ空間にいる事が、段々と辛くなる。

 話しかけても、何をしても、返って来るのは冷たい視線と言葉だけ。


 一緒に働く人が大事だという事を、僕はとてつもなく実感していた。



 だから今、僕の服の中には退職届が入っている。

 それをいつ出すか。

 きっと向けられるであろう、村上さんの冷たい態度を思うと胃が痛くなった。


 そんな時、依頼人は来た。



 田所、そう名乗ったのは20代後半位の優しそうな青年だった。

 少し怯えながら、しかし決意を固めた顔をして村上さんと向き合っている。


「一緒に働いている方が、どうも心霊現象に悩まされているみたいで」


 そう言った彼は、おそらくその女性の事が好きなのだろう。

 雰囲気から、僕は察した。


「彼女は最近、疲れていて仕事にもあまり集中出来ていなくて。心配なんです。でもそう伝えても、自分の問題だから大丈夫としか言わなくて」


 僕は彼の前にお茶を置き、部屋の脇に立った。

 話は聞きたいが、村上さんの近くに座る勇気はない。


「それで。何をされていて、どうして欲しいんだ?」


 依頼人に対しても、あまり丁寧ではない態度。

 それなのに怒られる事が無いのは、何でだろうか。


 不思議に思うが、興味が湧くほどではない。


「えっと。彼女には幽霊が憑りついているんです。だから除霊してください。終わった後は、僕が何とかしますから」


 田所は深々と頭を下げた。

 その姿は、とても格好良いと僕は感じる。


 好きな人の為、他人にここまで頼めるとは。

 だからきっと先生も、快諾すると思っていた。


「いや。無理だな」


 しかし先生は、ばっさりと拒否する。

 それに僕は驚いたが、声は出さなかった。


 田所も少し目を見開いたが、落ち着いてはいる。


「何でか、理由を聞いても良いですか?」


 怒っても良い所なのに、彼は穏やかな顔だった。

 まるで答えが分かっていたかのように。


「それは自分自身がよく知っているはずだ」


 村上さんは静かな声で言う。


「その彼女とやらが幽霊に取りつかれていたとしても、本当にお前がここに来る事を望んでいるのか? それが分からない限りは、依頼を受けられない」


「そう、ですか。すみません。お時間を頂いて。帰ります」


 田所はゆっくりと立ち上がり、また深々と礼をしてその場から立ち去った。

 僕はその寂しげな後ろ姿を見つめながら、村上さんに話しかける。


「本当に、これで良かったんですか?」


 彼は僕をちらりと見ると、目線を外した。


「良いんだよ。彼女がもし悩んでいたら、自分でここに来るはずだ。そうじゃない限りは、除霊をした所で余計なお世話なだけだ。それは絶対にやるわけにはいかない」


 そう言った彼の顔は、何かを思い出しているみたいで。

 僕はしばらく考え、そして彼の為に紅茶を淹れに行こうと思った。



 それだけは一度、彼に褒められた事がある。



 部屋を出てから、勝手に笑みが浮かんでしまう。

 何だか村上さんという人が、思っていたよりも良い人だと分かった。

 もう少しだけ、ここで働いてみよう。

 そう思った。




 この時の結論を、僕は何度も後悔する事となる。

 しかし今も働き続けているという時点で、色々と察してほしい。





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