6.増える文字
祓い屋で働くようになってから、幽霊の類を怖いと思う事は無くなった。
それは事務所の所長である、村上さんのおかげだという割合が大きい。
しかし、怖い時が全く無いとは限らない。
その異変に気が付いたのは、たまたまだった。
今日は依頼を受けて、とあるネットカフェに来ていた。
ここで心霊現象が起きると、客からのクレームが絶えないという内容。
村上さんはつまらなそうにしているので、本物だとしてもそんなに強い霊じゃないのだろう。
霊感が全く無い僕は、その事に本当にほっとしていた。
今回は狭い場所なので、二手に分かれようと言われてしまっていたから余計にそう思った。
『そっちは異状ないか?』
「無いです。それにしても狭いですね。明日は、色んな所が痛くなりそうです」
『関係ない事を言わなくていい』
スマホの通話で、離れていても意思疎通が出来る。
それはとてもありがたかった。
村上さんの姿が見えない分、無駄な話を振って何とか会話を続ける。
しかしそんな僕の気持ちを察していても、彼は優しくない。
さっさと向こうから通話を切られる。
誰の声も聞こえなくなった途端、不安が増す。
村上さんが無理なら、もう1人の従業員であるメリーちゃんに電話をしようか。
そう思ったが、彼女にも仕事がある。その邪魔をしちゃ駄目だと我慢した。
そういえば何が出てくるのか、聞かなかったな。
しばらく待機している内に、僕はそんな大変な事実に気が付く。
何が起こるか分からないから、どう対処するかあらかじめ用意が出来ない。
それはつまり、僕にとっては非常にまずい事態だというわけで。
急に寒気が体を襲いかかってくる。
そうなると少しの物音でも驚き、いつどこから何が出てくるのかと怖くなってしまう。
「出てくるならあっちにいけ。村上さんの方にお願いします。僕は無害な一般市民です。お願いします」
顔の前で手を組みながら、僕は願う。
しかし世間ではこれを、フラグと言うとすべてが終わった後で知った。
突然、目の端に光るものを感じる。
僕は恐る恐る、そちらを見た。
そして安堵のため息を吐く。
光っていたのは、部屋の中にあるパソコンの画面だった。
恐らく何かの拍子に、偶然ついてしまったのだろう。
「驚かせるなよー。全く」
僕は力を抜いて、椅子に寄りかかる。
画面を見ると、ブログか何かのようだ。
可愛らしいイラストで埋め尽くされていて、きっと女の子の物だろう。
やる事が無いので、いつしか僕はそのブログを見始めていた。
彼女が他愛の無い日常を、楽しんでいるのがよく分かる。
友達と遊んだ、彼氏と過ごした、誕生日を祝ってもらった。
僕にもこんな風に、何気ない日々を楽しんでいた時もあったのかな。
「良いなあ」
ポロリと勝手に口から、そんな言葉が出た。
自分で思っていたよりも、感傷に浸っていたようだ。
最近、昔の友達や家族に会っていないから余計かもしれない。
暇だから、なんかコメントでも残そうかな。
何か、一言でも彼女に残したいと思ってしまった。
だからパソコンの画面に向き合う。
「えっと……ん?」
さて、何て打とうか。
気合を入れてキーボードに手を置いた時、画面が急に変化した。
新しい記事が投稿されたのだ。
僕はキーボードから手を離して、それを見る。
最近のブログは僕が思っていたよりも、進化をしているようだ。
まさかリアルタイムで、文字が出てくるのを見れるとは。
何と投稿されるのか、ワクワクする。
『幸せ~』
タイトルはそれだけだった。
『最近、良い事がいっぱい! 友達が増えて、みんなと一緒に過ごす時間が楽しい』
1文字、1文字を目で追っていく。
『これからも、どんどん増やしていくんだあ』
いつの間にか食い入るように、画面を見ていた。
そこまで、彼女のブログに魅入られてしまっている。
『このブログを見ているみんな~』
『私と友達になっても良いよって、そんな人がいたら……』
『これを』
『ずっと』
『見』
『てい』
「おい。何やってるんだ」
「うわあっ!?」
突然。肩に手を置かれ僕は驚いて叫んでしまう。
後ろを振り返れば、そこには村上さんがいた。
眉間にしわを寄せて、僕を見下ろしている。
僕は蛇に睨まれた蛙の様に、固まってしまった。
「えっと、すみません。あの、ちょっと、見ていて。すみません」
しかし、何とか仕事をさぼっていたのを許してもらおうと、口はぺらぺらと話し出す。
それでも彼の顔がはれる事は無い。
「もう一度聞く。何を、やっているんだ?」
更に強調されて、問いかけられた。
僕は小さく悲鳴を上げて、顔を引きつらせてパソコンを指す。
「ちょ、ちょっとブログを見ていました」
村上さんの視線が僕の後ろにいった。
しばらく見て、そしてまた口を開いた。
「電源ついてないけど」
「えっ」
引きつった顔のまま、僕は後ろを向く。
パソコンは彼の言う通り、暗い画面のままだった。
マウスを動かしても変わらない。
僕は血の気が引くのを感じた。
「じゃあさっきのブログが、心霊現象?」
「いや。そっちは、俺がだいぶ前に片付けた。だから違う。むしろこっちの方が悪質だったな。俺が来なかったら、引きずりこまれてたぞ」
更に恐ろしさが増す。
僕はまた村上さんを向いた。
彼の機嫌はよくなっている。
眉間のしわが無くなって、口角が上がっていた。
その顔に、僕は変な笑いを浮かべてしまう。
最近、彼の無表情以外をよく見るが、それは大抵良くない事しか起こらない。
「む、村上さん」
僕は最後の望みをかけて、声をかける。
しかし返って来たのは、無慈悲な言葉だった。
「お前、たぶん霊に好かれやすい体質だな。それは良い。売り上げがどんどん上がりそうだからな。いっぱい憑りつかれて、事務所に貢献しろよ」
両肩に置かれた手を振りほどく事が出来ず、僕はただただ渇いた笑いをその場に響かせた。
今はただただ、村上さんの事が怖い。
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