5.メリーさんの電話




 祓い屋という仕事は儲かるのか。

 所長である村上さんに、一度聞いた事がある。


 答えは一言。


「関係無いだろ」


 それ以降、二度と聞けなくなった。




 そしてもう一つ、祓い屋で働いていて不思議な事があった。


 宣伝はどうやってしているのか。

 僕はやっていないし、村上さんがやっている様子も無い。

 しかし、客は一定数来ている。


 閑古鳥が鳴くといった事は、僕が来てからは一度も無い。


 それは一体どうしてなのか。

 ずっと気になっていて、ある日客がいなくなった後に聞いた。


 村上さんは少し考えて、そして時計をちらりと見る。


「次の方まで、あと最低でも1時間は余裕があります」


 彼が何を考えているのか分かったので、僕は言った。

 それを聞いて、ため息をつくと渋々ソファに座る様に促す。


 僕はわくわくしつつ、座る前に2人分のお茶を淹れると机の上に置いた。

 お互いお茶を一口飲んで、少しまどろむ。


 そしてゆっくりと村上さんは話し始めた。


「それはお前が来る、少し前の話だ」


 僕は固唾をのんで、耳を澄ませる。





 それは、とても暑い日の事だった。

 俺は1人、事務所でソファに寝転んで客を待ち続けていた。


 祓い屋と名付けた事務所に、他に従業員はいない。

 今は雇う気になっていないので、不便だとも思わない。


「しかしそれにしても、つまらないな。面白い事起きないか」


 不穏なひとり言をこぼすと、起き上がる。

 そして軽く伸びをした。



 これから面白い事が起こる。

 そんな予感がした。



 そして、その予感は当たった。




 プルルルルル


 プルルルルル



 突然、喧しく固定電話のベルの音が鳴った。

 それを聞いた俺の口角は、自然と上がる。


 この電話は、客のものじゃない。

 絶対的な確信を持っていた。



 そして少しの間じらしても、切れる事は無いはずだ。

 だからこそあえて、ゆっくりと電話の元へと向かう。



 プルルルル


 プルルルル



 それにしてもこの音はイライラするな。

 これが終わったら変えるか。



 そんなどうでもいい事を考えつつ、ようやく受話器を耳に当てた。



「……もしもし」



 電話の向こうの相手は何も言わない。

 よくよく聞いてみると、笑っているような声がする。


 俺は小さく舌打ちをして、もう一度口を開く。


「もしもし」


 笑い声が少しだけ大きくなった。

 それを聞いて、今度は強く舌打ちする。


 そうすると受話器の向こう側で、息をのむ音がした。



『も、もしもし。わたし、メリーさん』



 少しの間、相手は何も言わなかった。

 ようやく勇気が出たのか、どもりながらの言葉を聞き終えると、俺は何も言わずに受話器を置く。

 そして静寂が訪れた。



 もしこれで止めるようだったら、つまらないな。


 そう考えていたら、またベルの音が聞こえた。思っていたよりも頑張るやつだ。

 今度は、早めに受話器を取る。


「……」


『もしもし? あの、わたしメリーさんです』


 小学生ぐらいの女の子だな。

 声で大体の年齢を予測しつつ、無言を貫いた。


『すみません。いま、じむしょのまえにいます』


 そうしていると、今回は向こうから電話を切られる。

 受話器から聞こえてくるツーツーという音。


 これなら、またかかってくるな。


 予想通り、すぐに音が鳴り響いた。

 今度は少しじらす。


 1、2、3。

 心の中で数を数えながら、待つ。

 そしてちょうど、100と同時に電話に出た。


「もしもし」


『んで、でないの。あっ! えっと、えっと、いまへやのまえにいるわ』


 早口で一方的に言われ、また向こうから切られる。


 今回、自己紹介しなかったな。

 それぐらい焦って、訳が分からなくなっているんだろう。


 そんな感想だけ抱いて、また鳴り響く受話器を取る。


「はい?」


『はやっ! わたしメリーさん、メリーさんです。あなたのうしろにいます。いますから』


 震える声で念押しをされると共に、後ろから何かの気配を感じた。

 少し幼い声で、今にも泣きそうな雰囲気だ。


 考えるまでもなく、後ろにいるのはメリーさんという幽霊なんだろう。

 そういえばこの怪談って、振り返ったらどうなるんだったかな。

 思い出せないから、とりあえず振り返るか。


 そう結論付けると、俺は後ろを見た。





 村上さんは、そこまで話して黙る。

 僕は話を途中で止められて、呆気に取られた。

 1番、良い場面なのに。

 どうしてここで止めたのか。


「えっと、それでどうしたんですか?」


 聞かなければ、このまま教えてくれなさそうな気が村上さんからする。

 そう思っての問いに、すぐに舌打ちが返って来た。


 それに一瞬、僕は怯えてしまう。

 何だか、話のメリーさんの気持ちが分かった気がする。



 彼は少しぼんやりとした顔で、電話機の方を見ていた。

 もしかして、あそこに置いてある電話がそうなんだろうか。

 今まで普通に使っていた事に、寒気がした。


「あー。そういえば、お前にもう1人の従業員をまだ紹介していなかったよな。そいつが宣伝係なんだよ」


 電話に気を取られていたら、急に話を変えられてしまった。

 もしかしてこのまま、あやふやに終わらされるのか。


 しばらくは、もやもやして過ごす事になるな。

 そう覚悟をしていた僕は、何だか矛盾を感じた。


 話と今の村上さんの言葉に、変な所があった。

 そしてそれが何なのか、すぐに気がついた。





 プルルルル


 プルルルル


 その時、電話の音が事務所に鳴り響く。

 急な大きい音に、僕は驚いて体を震わせてしまった。


「ちょうど良かったな」


 村上さんは、いつの間にかこちらをまっすぐに見ていて、笑みを浮かべている。



「お前を歓迎しているようだ。出てやれよ」



 そんな彼の言葉に逆らう事は出来ず、嫌々ながらもふらふらと電話機の元へと歩いた。

 その間も、ベルは鳴っている。



 そして前に立つと、ゆっくりと受話器を手に取り耳へとあてた。

 何だか、とてつもなく嫌な予感がする。














「……も、もしもし」


『うふふ』


 声をかけた電話の向こう側から、可愛らしい笑い声が聞こえてきた。




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