4.家族の秘密




 祓い屋という職業において、人の嫌な場面はよく見る。

 しかしその中でも、今も変わらず思い出すと気持ちが沈む依頼があった。




 その依頼を持ってきたのは、高校生になったばかりの女の子。

 名前は静香とだけ名乗った。


「私の家族がおかしいんです」


 彼女は事務所に入ってきた時から、ずっと怯えていた。

 女性が来ても無表情が崩れない、所長である村瀬さんのせいではない。

 何かもっと別のものだと、その時の僕は感じた。


「最初は、私の部屋の物の位置が変わっていたんです。気のせいだとは思えないぐらい頻繁に。誰に聞いても、知らない気のせいだって」


 特に促したわけではないが、静香はたどたどしく話し始める。

 特に止める理由もないので、僕は彼女の前に紅茶を置いた。


「次はどこで何をしていても、視線を感じるようになりました。その先を見ると、家族の内の誰かがそこにいて。でも何も言わないんです」


 僕に軽く礼をすると、彼女は少し紅茶を飲む。

 それを確認すると、村上さんの隣に座った。


「今は私を監視するのを、隠そうともしなくなっています。家の中だけじゃなくて、外にいても誰かが私の後ろに何も言わずについてきているんです。今日だって、きっと」


 話していく内に感情が抑えきれなくなったのか、彼女は顔を手で覆い泣き始める。

 僕はそれを見て焦り、おろおろと意味もなく動くが、村上さんに少し強い力で小突かれたので大人しくする。


 彼はというと無表情のまま、話を聞いていた。

 こんな可愛らしい女の子に対してもこれかと、呆れてしまう。


「だから一度、家に来て下さい。助けて欲しいんです。お金なら、今まで貯金をしていたものがあります。だから、お願いします」


 静香はいつの間にか、こちらをしっかりとした目で見ていた。

 その意志の強さに、少し引いてしまう。

 しかし状況の危うさを考えると、やるなら早くしないといけないだろう。


 僕はもう一度、村上さんを見た。


「村上さん」


「ああ、分かっている」


 呼びかければ、彼はしっかりと頷く。


「じゃあ、今から行く」


「え?」


 そこまでの早さは、想像していなかった。





 静香の家が、事務所からそう遠くなくて良かった。

 僕は住宅街の中の、他と変わらない彼女の家を見ながら疲れを感じていた。


 車でここまで来たのだが、中はまるでお通夜の様でとても気を遣ったからだ。


「たぶん、車があるのでみんな家にいると思います」


 隣に立つ静香は、忌々しそうな顔をしていた。

 それを見て僕は少しでも場の雰囲気を明るくしようと、声をかける。


「じゃあ、お邪魔しましょうか! 歓迎してくれるかもしれませんし!」


 誰からも答えは返ってこなかった。





 静香には招かれたが、見知らぬ僕達2人が中に入っていいものか。

 その葛藤は、村上さんがさっさと中に入ってしまった為にする必要は無くなった。


 彼女もそれに続き、僕もその後を追う。


「おじゃましまーす」


 中で靴を脱ぎつつ、一応声をかけた。

 今回は予想していたが、返事は無かった。



 家の中は整理整頓されていて、少し潔癖の入っている僕にとってはありがたい。


「とりあえず、私の部屋に来てください」


 静香が先導して、僕達は後に続く。

 2階へと上がり、3つある部屋の内手前に入る。


 彼女の部屋の中は、女の子らしくピンクを基調としたものだった。

 何だか良い香りがしていて、緊張してしまう。



 クッションに座った僕達は、彼女と向き合った。


「それで家族はどこにいるか分かるか?」


 村上さんは部屋の扉を見ながら聞く。

 僕も見てみたが、特にこれといって変わった所は無かった。


「たぶん、ですけど。下のリビングにみんないると思います。いつもそうなので」


 震える体を抑えるように自身の体を抱いて、静香はうつむく。

 セクハラが怖いので、僕はその背をさすって落ち着かせる事は出来ない。


「そうか。今は視線は感じるのか?」


「いいえ。たぶんお2人がいらっしゃるから、どう対応しようか考えているのかも」


 確かに今の所、僕にも何も感じられない。

 さすがに人が来たら、遠慮するという考えは持っているみたいだ。


 変に来られたら対応に困るので、僕にとってはありがたい。


「久しぶりです。視線に怯えなくていいのは」


 そう言うと、静香は穏やかな表情になった。

 僕は床に耳を付けて、音を聞く。


 特にこれといって何も聞こえない。

 家族は父、母、姉の3人と言っていたのに、こんなにも音がしないものだろうか。


 気になったが、おかしな人達の事だからそういうものなのかもしれない。


「それで。これからどうするつもりだ」


 村上さんは突然、真っすぐ静香を見つめて言った。

 僕も彼女も、あまりにも急で驚いてしまう。


「どうするって……えっと、どうしましょう」


 特に何をするか決めていなかったのか、戸惑ってしまう彼女に僕はフォローを入れる。


「えっと、家族をどうにかしてもらいたいんだよね? 村上さんに任せてみる?」


「は、はい」


 今回は、僕の声に反応してくれた。

 ほっとしたような顔で、村上さんに笑いかける。


 しかし彼の顔は変わらない。


「違う。違うだろ」


 むしろいつもより厳しい気がする。


「何が、ですか。私には何が何だか」


 静香も戸惑い、僕に助けを求めてくる。

 僕もどうすればいいか分からなくて、村上さんの方を見た。


「しらを切るつもりか。それなら今から、お前の家族に会いに行くぞ」


 彼の言っている意味が少し分からない。

 何だか脅すように、普通の事を言っている。


「いや。それは、待ってください」


 それなのに静香は急に焦りだす。


「何でだ? それが望みなんだろう?」


 村上さんは勢いよく立ちあがった。

 そして部屋を出て、下へと降りていく。


「ちょ、ちょっと待って!」


 彼女は少し呆然として、そしてすぐに後を追う。

 置いてけぼりになった僕は、少し迷って下へと降りた。


 リビングはすぐに分かった。

 そこから争う様な声が聞こえてきたからだ。



 僕はそれが村上さんと静香の声なのに、恐ろしさを感じつつ中へと入る。

 そして息をのんだ。



 部屋の中には、2人の他にも人がいた。




 3人の人が、リビングの椅子に座っている。きっと家族だろう。

 そしてどこからどう見ても、みんな生きているとは思えなかった。


 何故かは、気持ちが悪すぎて言えない。

 僕は扉に寄りかかって、恐ろしさから動けなかった。


「お前がやったんだろう」


 村上さんは悲しそうな雰囲気をまとわせ、静香を見下ろす。

 崩れ落ちた彼女は、震えていた。


 僕はどうする事も出来ずに、2人のやり取りを見守る。


「そう、です。でも、やらなきゃ私が。だから……どうしたら良いか分からなくて、それで」


 泣きそうな声で、静香はぽつりぽつりと話す。

 そのあまりにも悲痛な声に、僕の胸は苦しくなってしまう。


 監視される生活は、まだ若い彼女にとって辛いものだっただろう。

 こうなってしまったのも、仕方のない事だったのかもしれない。



「村上さん。彼女は正当防衛だったんじゃないですか。可哀想ですよ」


 僕は気が付けば、彼に向かってそう言っていた。

 自分でもその行動に、驚いてしまう。


 それでも言ってしまったからには、あとには引けない。

 村上さんの顔をまっすぐ見た。



 彼から返って来たのは、ため息だった。


「お前。雰囲気に毒されているな」


 そして、俯いている静香の顔を無理やり上げる。





「何で最初から、こいつが被害者だと思っている? 初めから最後まで、こいつは加害者だ」


 彼女の顔は笑っていた。

 おかしくておかしくて、心底楽しそうに。





 後から聞いた話だが、静香は前からどこかおかしいと近所でも有名だったようだ。

 家族もそれに手を焼いていて、精神科や霊媒師などに彼女を見せていたがどうにもならなかった。


 そして彼女が外で悪さをしない様に、見張っていたらしい。


 しかしそれが嫌になった静香は、家族に手をかけた。



 何故、彼女が祓い屋に来たのかは分からない。

 しかし家に呼んだ理由を、村上さんはこう推測していた。


「ただ自分のやった事を、自慢したかったんだろう」


 彼女の笑顔を思い出すと、それはきっと当たっているんだろう。




 今でも分からないのは、どうしてあの時彼女を何の疑いもなく信じてしまったのか。

 村上さんの言う通り、雰囲気に毒されてしまっただけ。

 そう思いたいが、今度また彼女に似た人に会って同じような事をしないか。


 それだけが心配だ。



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