2.完璧な彼女




 僕が働いている祓い屋に来る人が、必ずしも良い人ばかりとは限らない。




「だから俺は、別に大丈夫だって言っているんだけど。言われたから仕方なく来ているだけ。だから適当に終わらせてくれない」


 置かれた机に足をのせて面倒くさそうに話す男に、僕は淹れたお茶を頭にかけてやりたい衝動に駆られていた。


 庄司と名乗った20代後半ぐらいの依頼人は、事務所に入ってきた時からずっとこんな調子だった。

 事務所の所長である村上さんに気にした様子は無かったが、僕は脇で聞いていていらいらしてしまう。


「別に構わないが、話だけでも聞かせてくれないか」


 いつもと変わらず無表情な村上さんの精神力の強さに、僕は尊敬する。

 別に何とも思っていないだけかもしれないが。


 いつもより子供に言い聞かせるような話し方だから、ものすごく下に見ているだけか。

 雇い主である彼がそうなのに、僕が取り乱すわけにはいかない。

 深呼吸をして、静かに庄司の前にお茶を置く。


「どうぞ」


「はあ? まあ暇だから良いけどさ。話したらさっさと帰っていいだろ?」


「はい」


 僕の存在は無視された。

 またイラつきそうになったが、我慢する。


 そして村上さんの隣に腰かけた。


「えっと、何から話せばいいわけ?」


「じゃあ、その人との出会いから」


 礼も言わずにお茶を飲んだ庄司は、心底面倒くさそうに話を始める。





 いちいち話を脱線させる彼の話を、簡単にまとめるとこうだ。


 今付き合っている絵莉奈さんと出会ったのは、とあるイベントでだったらしい。

 そこで彼女に一目ぼれした庄司さんがナンパをして、お付き合いを始めた。


 美人で性格もよくて、炊事洗濯も完璧。

 更には異性との付き合いが初めてとの事。


 そんな漫画やアニメでしかありえないような彼女に、彼の周りの人達が騙されているのではないかと心配するようになったらしい。


 しかし特に探偵を雇っても、昔を探ってもおかしな所は見つからない。

 そこで彼の友達の女性の1人が、ここの事務所を探し出して紹介した。



 嫌々ながらも女性の涙に弱い彼は、休みを利用して来て今に至る。





 話し終えた庄司は、お茶を一口飲んで大きく息を吐いた。


「これで終わり。じゃあもう帰っていい?」


 そして腰を上げて、帰ろうとする。

 しかし村上さんは、それを手で制した。


「何?」


 あからさまに嫌そうな顔を庄司はする。

 しかしそんな事で怯む村上さんではない。


「聞きたい事が何個かある。それだけ答えてくれれば帰っていい」


 無表情ながらも鋭い眼光。


「わ、分かったよ」


 情けない事に庄司は怯んだ。

 それを確認すると、村上さんは質問を始める。


「まず1つ。その絵莉奈さんと出会ったイベントというのは何だ?」


「仲間の誕生日祝い」


「彼女と付き合った事は、みんな知っているのか」


「そりゃそうだろ。みんながいる中で告白したんだから」


 淡々と質疑応答が進む。


「彼女と会うのはどこでが多い?」


「あ? 俺の家かな。あとは仲間でよく集まる場所」


「ここを紹介した女性は何て言ってた?」


「ここなら俺の目も覚めるだろうって。意味分かんねえ」


 村上さんが何を考えて質問をしているのか、僕にも庄司にも分からなかった。

 だからこそ、彼は少し苛立ち始めた。


「これで最後だ。絵莉奈さんと紹介をしてくれた女性の写真を見せてくれないか?」


「はあ? まあ、良いけど。見せるだけだからな」


 そうしてスマホを動かして見せてくれた写真。

 村上さんの隣で座っていた僕も、それを見た。




「長々とすみませんでした。帰っていいですよ」


「やっとかよ。じゃあ、失礼しました」



 だるそうに、面倒くさそうに庄司は軽く礼をして事務所を去っていった。

 彼が出て行ってすぐに、僕は机の上のお茶を片付ける。


 村上さんは椅子に深く寄りかかり、背を預けた。



 その様子を見ながら、僕は彼に話しかける。



「最後に見せてもらった写真。どう見ても同じ人でしたよね」


「そうだな」


 村上さんは目を閉じて、上を向きながら返事をした。



「どういう事なんでしょうか」


「そんなことも分からない馬鹿か。たぶんあいつは騙されていたんだろう。それかからかわれたか。すぐにばれると思ったのに、そんな気配が無くて焦ったんだ」



 お茶は全部飲まれていた。

 その事に、少し好印象を覚えてしまう単純な自分が嫌だ。


「あー。それで第三者に任せたんですね。はっきりと彼に言うのを。それなら、このまま帰しちゃって良かったんですか?」


「別に良いだろう。ただ働きはしない主義だ」


 話しながらソファに寝転んだ村上さん。

 僕はその体に静かに毛布を掛けて、そして湯飲みを洗うために別の部屋にある台所に行くため出ていこうとした。


 その後ろから掛けられた彼の言葉を、しばらくの間僕は覚えている。












「それにあいつはきっと分かっている。そんな奴をどうにかして、面倒な事になりたくない」


 村上さんは、心底面倒くさそうな声で言っていた。




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