祓い屋

瀬川

1.呪われた絵画




 夜の学校というのは、どうしてこんなにも恐ろしく感じられるのか。

 僕は隣で歩く村上さんに、恐る恐る声をかけた。


「呪われた絵画って、どういう事ですかね」


「行けば分かる事を、聞くな」


 返事はとても素っ気無い。

 僕はそのまま口をつぐむ。そうすると2人分の足音しか聞こえなくなってしまった。





 所属している祓い屋にその依頼が来たのは、つい昨日の話だ。

 とある学校で夜に、美術室で子供の騒ぐ声が聞こえて困っているという美術教師の相談だった。


 眼鏡をかけた真面目そうな男性教師を、祓い屋の所長である村上さんは冷めた目で見ていた。



 しかしこうして今、学校にいるという事は気のせいや嘘じゃないのだろう。

 久しぶりの本物の依頼。

 僕はとても緊張していた。


 それにしても依頼人である美術教師がいると声が聞こえないせいで、2人で行くしかないのは辛い。

 村上さんは基本無口だ。

 僕も話が得意な方ではないので、とても気まずい。


「あ、ありました。ここですね」


 無言のまま速めに歩いていれば、プレートに『美術室』と書かれた教室を見つけた。

 僕はほっとしながら、懐中電灯のスイッチを消す。


「じゃあ、声が聞こえるまで待ちましょうか」


「ああ」


 村上さんは、辺りを見回して眉間にしわを寄せた。

 僕には分からないが、きっと彼は何かを感じているんだろう。


 彼の邪魔をするつもりは無いので、僕は気配を消してその場に立つ。

 村上さんも扉を睨み始めなが黙る。



 しばらくの間、僕達はそうしていた。

 いつになるのかは分からないが、釣りと同じで根気が大事だ。


 それを嫌というほど思い知らされていたので、僕は文句を言わずただ待つ。




 そしてその時は、突然起こった。




『ひっく。ひっく。ごめんなさい』


『いや、いや。おうちに帰して』


『うわーん!』


 男の子、女の子関わらずに様々な子供達の声が美術室から聞こえてくる。

 僕はその声の多さと伝わってくる悲痛さに、背筋が寒くなった。


「村上さん」


「分かってる」


 村上さんの方を見れば、涼しい顔で扉に手をかける。



 ガララララ



 この状況で中々、扉を開ける事は普通の人には出来ない。

 しかし彼のくぐってきた修羅場の数は違う。

 このぐらいならば、全く恐怖を抱いていないはずだ。



 扉を開けても、子供達の声は止まない。

 むしろさらに大きくなった気がする。




『誰?』


『来ないで。嫌だ』


『いや、いや、いや。ママ。パパ』


 僕達に向かって、悲痛な声がたくさん突き刺さる。

 それに圧倒されて、僕は自然と数歩後ろに下がってしまう。



「やはり、か」



 しかし村上さんの冷静な声を聞いた瞬間、恐怖が全く無くなった。

 きっと彼は言葉の通り、分かったのだろう。


 子供達の声が聞こえる理由も、一体何者なのかも。



「お前等。こんな所にいたってどうにもならないぞ」



 村上さんは美術室の中へと入り、静かにしかし凛とした声で呼びかけ始めた。

 僕も続けて中へと入る。

 美術室は普通で、別にあまり変わり映えはしない。


 そして声は美術室の端、絵がたくさんしまわれている場所から聞こえているようだった。



「ここは苦しいだろう。辛いだろう。帰してやるから家にさっさと行け」



 村上さんはなおも声をかける。

 僕は彼の傍らに近づき、絵の方向をまっすぐ見た。



「……そうだよ。村上さんに任せれば安心だから」



 何が何だか分かっていないが、村上さんに合わせて呼びかける。

 彼はこちらをちらりと見て、特に何も言わなかった。



 そのまま優しく、穏やかに僕達は声をかけ続ける。




 そうしていく内に声が段々と、小さくなってきた。

 1人、また1人とどこかへ、きっと家に帰っているのだろう。





 そして最後の1人は、とても落ち着いた声で一言残して消えていった。




『ありがとう、ございました』




 その声と共に、肩から力が抜けた。

 いつの間にかものすごい緊張をしていたようだ。


 しかしもう終わったのだ。



「村上さん、お疲れ様です」


「ああ。帰るか」


「いやいや、報告してからですよ」


 ねぎらいの言葉をかけても、村上の顔は無表情のままだった。

 別にいつもの事なので、構わない。

 そしてそのままさっさと教室から出て行ってしまうのを、慌てて追いかけた。





「本当にありがとうございます」


 依頼人は心底ほっとした顔で、僕達にお礼を言った。

 全て終わったという報告をしていると、彼は傍らに持っていた絵を見せてくる。


「おそらくこれから声がしていたんですよね。でも何とかなって良かったです。これで安心です」


「わあ。凄い上手ですね。これは誰が描いたんですか?」


「恥ずかしながら私です。趣味で描いているんですが、この通り何十枚もたまってしまいまして」



 それはたくさんの子供の絵だった。

 女の子、男の子と年齢はばらばらだが、大体3歳から12歳ぐらいか。

 趣味で描いたにしては、とても上手だ。


 僕は感動しながら、その数々を見せてもらった。

 その隣で村上さんは、興味がなさそうにあくびをしていた。





 僕達は依頼人に、何度も何度もお礼を言われながら見送られた。

 その帰り道、車を運転しながら村上さんに話しかける。


「それにしても結局、何だったんですかね」


 助手席に座る彼は、眠そうにしながら外を見ていた。

 僕は返事を期待していなかったので、苦笑しながらも運転に集中する。


 村上さんはラジオも音楽も聴かないので、車内では静かな空間が流れる。



「なあ」


「はい。何ですか」



 そんな時、ふと彼はポツリと呟いた。

 僕は前を見ながらも返事をする。



「あの絵。上手だったな」


「そうですね」


「どうやって描いたんだろうな。あんなにたくさんの枚数」


「さあ」



 会話をしつつ、僕は不思議に思っていた。

 村上さんはこんな世間話をするタイプではない。


 それなのに、この話を始めたという事は何か意味があるのか。



「そういえば知っているか」


「何がですか?」


「前からここら辺一帯は、子供の誘拐事件が多いんだってさ。3歳から12歳ぐらいだったかな。結局、みんな未だに見つかっていないらしい」


「……そう、なんですね」



 僕は頭の中で、ぐるぐると色々な考えを巡らせていた。



 たくさんの絵画。

 想像で描いたにしては、あまりにも緻密だった。



 そして、行方不明の子供達。

 絵画から聞こえてきた声は、どうしてあんなに怯えて泣いていたのか。



「まあ、俺達にはどうしようもない話だな。それにきっと罰は当たる」



 村上さんはそう言って目を閉じた。

 僕はたくさんの子供の声と、描かれた子供を思い出す。


 子供達が本当にいるのならば、彼の言った通りきっとあの人には罰は当たるだろう。



 そうしたら、少しは救われるのか。

 僕には分からない。





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