我々の社会は素晴らしい社会ですので

 母が来るまでには、まだ、時間があるはず。


『家族に社会評価ポイントを貰えなかった者は、家族に対する感謝、奉仕、貢献が足りなかった可能性があります。したがって彼らは劣等とみなされる場合があります』

「その……家族が、いなかったりとか。家族のひとが、そもそも……劣等? とかで、貰えなかったひとは? どうなるの?」

『家族がいない場合。家族が劣等な場合。ふたつのケースについてお答えします。まず家族がいない場合というのは複数のケースに分けて考える必要があります。主な分岐点は成人であるか否かです』


 成人――それは十五歳以上で、かつ一定の収入と社会評価ポイントを得て初めて成し得る。


『……成人だった場合は?』

「成人だった場合は、自己責任となります。婚姻もパートナーシップも自由ですので。遺伝子を提供して子どもを持つこともできます。家族を新しくつくることは、人間にとって、まったく自由です。したがって家族がいない場合はそのままの状態で社会に貢献して社会評価ポイントを得るか、家族をつくるか、どちらかの選択を責任もってすることになるでしょう」

『成人じゃなかった場合は?』

「未成年の者が、年齢的未成年なのか、社会評価的未成年なのかにより対応が変わってきます。年齢的未成年は、人間の尊重精神に基づき保護されねばなりません。したがって、人類奉仕の精神に基づき親類が責任をもって養育することになります。事情によっては児童養護施設の利用が許可されますが、正当な事情がないにもかかわらず年齢的未成年者の養育を拒否した場合、倫理監査局からの社会評価ポイントが大幅に下がります」

『……社会評価的未成年だった場合には?』

「場合によりますが、今後成人できる見込みが低いとみなされれば、人権制限あるいは人間未満になることがありえます」


 杏奈は唇を噛み締めた。痛みが走るほど。

 さまざまな事情で、成人になれないひとたち。仕事が見つからなかったり、病気になってしまったり、ひきこもってしまったり。


 成人の平均年齢は、だいたい二十歳前後と言われている。それは、まともな「人間」として生きていくための、ひとつの目標でもある。

 杏奈自身、ひとより成人するのが少し遅かった。

 もし、未成年の時期に、家族に何かあったらと想像してみたとき――もちろん悲しい、悲しいけれど、……正直なところそれ以上に、あっという間に人間未満にされていたかもしれないという恐怖の方が上回ってしまう。


 ひとごとではない。だけどそんな想いさえ、きっと身勝手なのだろう。

 だって自分は、なんだかんだで人間としてぬくぬく、ぬくぬくと生き続けているのだから。


「それで……あの……家族が劣等だった場合は、どうなるの?」

『一般的に言って、劣等な者の評価は、社会的影響力を持ちません。ですので、本人の努力で人類全体に貢献し、社会評価ポイントを得ることが期待されるでしょう』

「えっと……それは、そうで……その……」


 杏奈は、懸命に言葉を探した。

 だけども適切な言葉が思いつかなくて――結局、聞きたいことは、ダイレクトに言葉になる。


「家族が――犯罪者だった場合って、どうなるの?」


 Necoは、またしても、ほんの一瞬、沈黙する。

 それはおそらく応答するためのラグなのだろう――。


『……犯罪者本人は、もちろん、社会を乱した罰として人間未満に加工、そして生涯、人間未満として生きて償うことが期待されます、にゃん。犯罪は、理想的社会に決して存在してはなりません。犯罪者の家族は、社会学的要因あるいは心理学的要因あるいは生物学的要因によって、再び犯罪を行う可能性を示唆するデータも出ています。それに加え、犯罪者の家族は、犯罪者に犯罪を許してしまった責任も問われます』


 社会学的要因とか、心理学的要因とか、生物学的要因とか。

 杏奈にはやっぱり、難しくてよくわからなかったけれども。


『したがって、犯罪者の家族は全員、本来であればその場で人間未満になるべきです。しかし、我々の社会は素晴らしい社会ですので』


 人工知能だから、感情なんてないはずなのに。合成音声が話しているだけなのに。

 ひどく誇らしく話しているように聞こえるのは、なぜなのだろう。


『犯罪者の家族にさえ、条件次第では、更生を促します。具体的には、年齢的未成年者には、更生を促します。人類奉仕の精神に基づき、養育、監督してもよいと思った家庭のもとで育ちます。そして、彼らは特別な教育を受けます』


 特別な教育。――母が言っていた言葉と、同じだった。

 母の言葉が、声のかたちのまま、頭のなかに響く。


『死んでもなお、遺伝子を継いだ子どもが事件を起こして、迷惑をかけるのよね。だから犯罪者の子どもなんて全員すぐに人間未満にすればいいのよ。どうして猶予なんか与えるのかしら? 結局、税金をつぎ込んで特別な教育をしてやったところで、裏切られる。クズの子どもは所詮、クズなのよね』


「……特別な教育、って、なに?」

『人間未満体験プログラムです』


 初めて聞く言葉だった。

 人間未満、体験プログラム――。


『我々の社会が誇る、素晴らしく効果的なプログラムですよ!』


 おそろしい響きの言葉を、だけどもNecoは、錯覚、なのだろうけれど、……やっぱり誇らしげに発音する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る