深夜の問い合わせ

 深夜。

 もうすぐ、日付が変わろうとしている。


 新時代情報大学の対策本部の面々は、寿仁亜の指示によって、交代で休憩を取っていた。


 しかし、寿仁亜本人はというと――冴木教授の研究室で。

 十台の骨董品のような電話機、五台のパソコン、三台のタブレットを準備したテーブルの前で、次々とかかってくる情報提供や問い合わせの電話の応対をしていた。

 もうずっと、長時間、続けて。


 記者会見を開いたり、オフィシャルなネットワークに顔を出してからというもの、情報提供や問い合わせの連絡が絶え間なく来ている。

 寿仁亜はそれらの問い合わせにひとりで対応していた。

 人間ひとりの限界で、どうしてもすぐに出られないときもある――そういったときには、事件解決という正当な理由を根拠にして、Necoに連絡元の情報を開示してもらってひとつひとつ折り返していた。事情が事情とはいえ勝手に情報開示してしまったことへのお詫びからまず、過剰なほど丁寧に述べて。


 冴木教授も、パソコンに向かい続けていた。素子は別の仕事に出払っている。

いまこの部屋には、寿仁亜と冴木教授、二人だけだった。


「――ええ。はい。いえ。とんでもありません。情報提供、ありがとうございます。また何かありましたら。ええ。よろしくお願いいたします」


 既に掴んでいた情報だった。だけれど、寿仁亜は丁寧に礼を言って、通話を切る。

 手には受話器。新時代では死んだ代物、骨董品だと思われていたものを、寿仁亜は書籍を読んでぱっと作ってしまった。このくらいの工作ならお手のものだ――もっとも、それを「工作」と呼べてしまうからこそ、寿仁亜は超優秀者になる素質があるのだが。


 音声での通話。あえて、相当オールディな電話機を用いていた。電話線を用いる電話機のほうが、インターネットによる通話よりまだ、逆探知されるのに手間がかかるだろうという判断だった。


 逆探知には細心の注意を払っている――犯人たちであれば、簡単にできてしまうかもしれないけれども、……もうそれを前提で組んでいる。

 彼らは人間離れしているが、……人間としての五感を離れることはおそらく、できないはずだ。


 動画での通話が可能になった時代だが、いまだに音声のみの通話も文化として残っている。顔を見せるとなると表情や身支度が面倒、という理由で。

 情報提供、という形になると更に、音声通話も受けたほうがかかってくる可能性が上がる。


 パソコンの画面から、冴木教授がちらりと顔を上げる。


「依城、おめえよく、そんないちいち馬鹿丁寧に対応してられんな。ガセもどうでもいい情報も多いんだろ」

「いえいえ、だとしても、情報を提供していただけること自体が、ありがたいですから。また何かあったときに次につなげらればと……。あっ、失礼します」


 通話リクエストだ。寿仁亜は、オールディな、電話機の子機を取る。


「バイトでも雇えばいいだろ」


 寿仁亜は愛想の良い声で通話に応対しながら、ひとつ苦笑して冴木教授に会釈した。

 冴木教授の言うことも一理ある。本来であれば、問い合わせのひとつひとつに、寿仁亜自身が対応する必要はない。アルバイトを十人ほど雇ってずらりと並んでもらい、大事そうな案件だけ電話を回してもらえればいいのだ。


 だが、寿仁亜は、自分自身ですべての問い合わせの応対をしたかった。

 どこに何が紛れて、光っているかわからない――けっして、逃したくはなかった。

 広く、見渡せる自分だからこそ。……輝きの気配に、気づけるかもしれない。

 たとえ、その輝きの意味や深さはわからずとも。それこそ、専門性のある人間に任せればいいのだから――。


 ……だけどもなかなか、骨が折れる仕事であるのも確かだ。

 さっきの電話は、ただ当たり前の情報を提供してきたというだけの話で。役に立たない情報を提供してしまってすみません、お忙しいときに、と腰が低い方だったけれど。

 ……今回の通話相手は、公園事件を早く解決してくれと、寿仁亜に怒っている。

 別に、被害者に身内がいるとかではなくて――毎日毎日ニュースがうるさい、もう飽きた、いつになったら解決するんだと、まあ、そういうお叱りだった。


 ……匿名の問い合わせも受け付けている。と、いうことは、こうやって憂さ晴らしに連絡してくるような輩も出てくる。

 まるでクローズドネットに適当な書き込みをするかのごとく――。


「……ええ。いえ。申し訳ありません。はい。おっしゃる通りです。では……はい。はい。失礼します」


 お叱りは、十分近く続いた。

 ……笑顔のまま、ため息のひとつでもつきたくなる。


 ここで、挫けてはならない。探すのだ。光るものを。ひとつでも。どこかに。

 見つけられなければ――敗北するのみ。


 素子が数十分前に淹れてくれたコーヒーをひとくち、飲む程度の余裕はあった。

 だが、ひとくち飲んだらすぐにまだ、通話リクエストが鳴った。

 寿仁亜は、子機を取る。


「はい、こちら新時代情報大学、公園事件対策本部、依城寿仁亜です」

『……あの、突然すみません、ニュース番組でこちらの番号を知って』


 若い女性のようだった。可愛らしい声、だけども、話し方は妙にか細い。


「それはそれは。ご連絡ありがとうございます」

『部屋が、すごい散らかってて、その、仕事の帰りが遅くて……本当はお顔を見せたほうがいいんだと思うんですけど、声だけでも、すみません、大丈夫ですか?』

「問題ありませんよ。お仕事の後に、わざわざありがとうございます」

『いえいえ、こちらこそ、そんな、ありがとうございます』


 既に、人が好さそうな性格が感じられる――ただ、その人の好さは、効率性とかスマートさとかいうものとは、とりあえずかけ離れたものであるようだった。


 この社会では、優秀であればあるほど、用件からさっくり話す。

 寿仁亜は、そうでないタイプの人間にも対応できるというだけのことだった。


『……公園事件のこと、あの。本当に、ニュースとかで見ているだけで、詳しく知らないんですけど。えっと……概要を教えていただくこととかって、……できませんよね、すみません』

「概要ですか……構いませんが、それでしたら私が口頭でご案内するよりも、よくまとめられたホームページを作成しておりますので、そちらを――」

『え、えっと。それは、見たんです。でも……知りたいことが、書いてなくて』

「それは大変失礼いたしました。知りたいこととは?」

『……その。考えすぎ、かもしれないんですけど』

「どうぞどうぞ」


 えっと、と通話相手の彼女は戸惑ったように、おずおずと、言い出した。


『公園事件で、人権を剥奪されるとか……人間ではなくなることって、あるんでしょうか……』


 か細い声が――これまでの無数の問い合わせにはなかったことを、語る。


 寿仁亜の直感が、ぴくりと反応した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る