彼女たちの目的
「弟子……あなたは、弟子ですか……」
理解できているかのようで、その実、寿仁亜の言葉を奇妙に反復しているだけのような瑠璃の言葉。
じっとりと、瑠璃は寿仁亜を睨んでくる。
その湿り気のある瞳。光をあまり映さずに、それでいて闇を映すほどではないどこか弱々しい瞳は、息子と少し似ていると寿仁亜は思った。
何かを言いたいのだろうが――。
弟子って、なんですか。
弟子って、どういうことですか。
弟子ってことは、冴木先生と知り合いなんですよね。
先ほどの烈しい様子からすれば、いくらでも、言葉は出てきそうなのに――実際のところ瑠璃は、唇を真一文字にぎゅっと引き結んで、寿仁亜を見据えるだけだった。
……言葉にならないのかもしれない。とすれば先ほどのあの、警備員に食ってかかっていた態度はなんだと思ったが――ただ、一方的なコミュニケーションならできるのかもしれない。
いや、一方的なコミュニケーションとはこれまたなんとも不思議な言葉で、コミュニケーションは本来双方向に成り立つもののはずだから――コミュニケーションとは言わずに、ただただ、言葉を発しただけと表現するのがよいのかもしれない。
「……お疑いであれば、パーソナルIDをお示ししても構いませんが」
パーソナルIDは、Necoのデータベースと紐づいている。ひとりひとりに、ひとつずつ十三桁の数字の羅列がついている。示せば、かならず本人だとわかるはずだ。
認証機能もついている。寿仁亜本人以外が寿仁亜のパーソナルIDを使用すれば、本人認証がうまくいかず直ちにNecoはエラーを吐き出し、猫の目は赤くなってうーうー唸るかのように明滅して、同時に寿仁亜の所有するパーソナルデバイス、たとえば、スマホ型デバイスなどに連絡がくる。
パーソナルIDを公共の場で示すというのは、それなりに責任が伴うことで――だから、信用してもらうには提示するのもありだった。
というよりはむしろ、あなたに対して身分を証明しますよ、保証しますよ、という、かなり積極的で相手を優位に立てた上での提案、のはずだった。優秀者のなかでは、一般的には。
印つきの名刺を示した時点で、既に相当、かなりのものを示しているのだが、普段は名刺を交換などしない文化――つまり決して優秀ではない人々の文化では、名刺の確実性という情報自体も、流通していないのかもしれないから。……オープンネットで探せば見つかる、という類の情報でもない。
しかし、瑠璃は唇を引き結んだままだった。
それまでずっと控えめに黙っていた空が、横から瑠璃に話しかける。
「……母さん。このひとは、冴木なんとかってひとじゃないかもしれないけど、知り合いみたいじゃん。まずは話を聞いてみようよ」
「母さんが会いたいのは冴木先生なの」
「わかるけど! 関係者が出てきたんだから。それだけでも充分だよ。追い返されたってしょうがないことしたのに……」
「でも……母さんは……春のために……」
瑠璃はかたくなにうつむく。
はー、と空はため息をついた。
そして、寿仁亜に向き直る。
「すいません。うちの母さん、こうって思い込んだら、聞かなくて」
論理が循環しがちで優柔不断な母親と、そんな母親を支えるしっかり者の長女、という構図だろうか。
いつもこうやって娘は母をなだめているのかもしれない。
「母さんは、どうしても冴木、ええと、なんとかってひとを……」
「冴木銀次郎先生、とおっしゃいますよ」
「冴木、銀次郎先生を。捕まえて、話をしたいみたいなんですよ」
空は空で言葉のところどころが失礼だが、まあ、目を瞑ってやるしかない。……元来、優秀者同士の会話ではない。
「でもあたしは、必ずしも冴木先生じゃなくても、いいと思ってて」
空、と咎めるように言って瑠璃が少し視線を上げたが、ちょっと待ってってばお母さん、と娘は母親を制する。
「だって目的はべつにプログラミングの偉い先生に会うことじゃなくて」
空は、推し量るように寿仁亜を見る。
「連絡の取れなくなった弟について、話を聞くことなんです」
その少し湿り気のある上目遣いは、やはり、瑠璃の息子、彼女の弟に少し似ていた。
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