夢を見た利子
その後の彼の高校生活は、驚くに値しなかった。
まあ、よくある話といえば、よくある話だった。
自分の能力を読み違えた人間が、自分が本来いてはならないような能力水準の集団に自分の意志で、自己責任で入り、あとは本人にとっての悲劇――まわりにとっては、ああだからやっぱりな、劣等な人間はだめなんだよ、と喜劇らしささえ帯びた嘲笑、あるいは嘲笑にさえ満たない世の中に数多くあるくだらない例のひとつとして、処理されていく。
いじめを受けたらしいが、正当だ。集団のなかであまりに劣等であれば、その集団のなかでの人権は失う。社会評価は個人単位のみならず集団に対しても行われるのだ。倫理監査局の人間たちが毎年毎年、毎日毎日、くる日もくる日も社会評価ポイントに計算には目を光らせているのだから。
クラス平均の偏差値、というのも出る。全国的にも競われるし、春のいた高校では歴代の研究者志望クラス、そして未来の研究者志望クラスとの比較対象になる。
クラスの平均偏差値もあんまり低くなると、担任教師や学校全体の問題となってくるのだが――まあ、しかし、それはさして問題ではなかったのかもしれない。
春のクラスにはなにせ、秀才の峰岸狩理がいた。彼が社会評価ポイントを引き上げてくれているぶんには、大丈夫だったようだ。……しかし、それにしてもひとりでここまで可能なのかというレベルの引き上げ方で――ほんとうは峰岸狩理ともうひとりだれか優秀な人間がいたのではないかと思わせるようなデータだった。
劣った人間はその劣等性に応じた扱いを受ける。
夢を見たぶん、利子もつく。
彼のいじめは、ただ、それだけのことだった。
記録を見る限り、わりと壮絶だったようだが――それだけ記録が残っているというのはつまり、学校全体を楽しませることができたということで、なにより無謀な夢を見るなと、後輩たちに対してのよい教材にもなったに違いない。……社会的に、一般的に考えるのならば。
クラス替えは行われなかったらしい。
それは、彼に対する制裁の意味も、彼がこれからの生徒たちのために教材となる意味も、どちらもあったかもしれない。
春に対するいじめの日々は、卒業するまで続いた。
そんな日々のなかでも、たとえば勉強や、ほかになにか秀でていくことができそうななにかを見つけて。
優秀になればよかっただけのことだが。
少年漫画のように、覚醒でもなんでもして、一気に勉強ができるようになり偏差値が上がる、それこそ夢のようなストーリーを体現すればよかっただけのことだが。
それができない人間が多いから「自分には実は才能があった」というタイプの創作ストーリーはいまでも極上のエンタメとして多くのひとびとに愛されているのだし、高いレベルの集団に入ったおかげでわっと覚醒できるような人間だったらまあ、その場でいじめなど止んだはずだ――結果、そうはならなかったわけだが。
よくある話。容易に想像できる話。現実とは、得てしてそういうものであって。
ただでさえはじめから研究者志望クラスではもっとも下だった春の成績は、右肩下がりに更に更に下がっていき、卒業のころには、高校全体のなかでもとんでもなく目立つほど下の位置となってしまった。……いじめの日々のなか、勉強に取り組む余裕などなかったのかもしれない。高校二年から三年の日々を見ると、たまに、定期テストの際に持ち直したりなどすることもあったが――ずっとは、続かなかったのだろう。
あるいは、起死回生のつもりで定期テストに臨んだのが、けっきょく同じ集団にいる他の人間たちに遠く及ばないとわかり――絶望した、とかだろうか。
まあ、どちらにせよ、ときどき聞く話だ。非常に頻繁に、というほどでもないが、耳にしてあっと驚くほどでもない。
どちらかというと、そこまでの劣等さが高校時代にあったのに、人権に一度も制限がかからず人間未満にもなっていないことのほうが、不思議だった。
……高校卒業後ひきこもりさえしたのに、それでも。
やはり、母親、瑠璃の力だろうか――空はともかく、春も海も、瑠璃はふたりも人権の危うい子どもがいた。それでも、ふたりともいまは標準の範囲内の人間としてやっているらしい。
さきほど目にした、来栖瑠璃という人間。外見上も地味で、データを見たところでとりたてて優秀な人物には見えなかったが、自身の子どもに対する対応というのは、なかなか社会評価ポイントに反映されづらいところではある――サブジェクティブでの評価は多少生じることもあるが、結局のところ客観的な実績としてはカウントされづらく、数値には直結されない。
……そこを評価するシステムもあってもいいのにな、と寿仁亜はふと思い、自分が思いついたということはもうだれかがやっているかもしれない、なるほど子育てのオブジェクティブ評価か――などと思いながらも、デバイスの次のデータを見ていく。……機械鳥が、すこしずつ、暮れの気配を伝えてきている。
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