美徳さえあれば

 正直なところ、太刀打ちはできない。

 高校入学時のデータを見る限り、春のレベルでは、狩理のレベルには。

 同じ高校といえども雲泥の差があった。この狩理という少年は、もっと上の高校にも充分に行ける能力を持っていたのだろう。だが学費が安いほうがよかったはずだ、生まれつきをポイントとして評定しない入試形式の学校のほうがよかったはずだ。それで、学費が安く将来性に期待するその公立高校を選んだのだろう。

 峰岸狩理の後見人は――寿仁亜は目を細めた。データというのは、やはり隈なく見るべきだ。そこに隠されている厳密な関連性まではまだ見えないが、……峰岸狩理の後見人は、南美川具里夢――南美川家だった。


 その高校では一年生のときにはみな同等のクラス編成だった。二年生に上がる際、各々の希望に沿ってクラス替えがなされる――研究者志望クラスと、進学クラスと、普通クラス。

 要は、国立学府、あるいは国立学府に準ずるような大学に進学するような優秀な生徒を、集めたい。少数精鋭、彼らの教育に力を注いで、普通クラスの生徒たちはまあまあそれなりの人間にはなれるようになあなあに指導する。そんな方針をとっているようだった。校内差別も明確で、研究者志望クラスの設備は非常に偏差値が高く、進学クラスは標準で、普通クラスの設備は標準以下だった。

 研究者志望クラスの生徒を進学クラスと普通クラスの生徒たちは敬わねばならない、という法則もあって――ここまで徹底していれば、たしかに教育能率は上がる。


 二年生のとき、自分も研究者志望クラスに入りたい、と思わせて努力させるのだ。

 そこで開花すればいい。研究者志望クラスに入って、優秀者への道を華々しく歩けばいい。進み続ける限り、だれも邪魔をしない。得点という名の数字を花吹雪のように撒き散らして、堂々と、前に進めばいい。優秀でいる限り。

 しかし、そうでなければ諦める必要がある。美徳を得るのだ。優秀でなかったことは、まあ残念だ。極めて遺憾、と言ってもいいかもしれない。しかし優秀ではない人間も、人間として生きていく必要がある。自分を人間として扱い続けたいのであれば。ミンチになったり、あるいは劣等な存在のミンチを食わされて永遠に荷馬車を曳かされるような存在になりたくなければ。

 美徳さえあれば。そうはならない。自分の分をわきまえればいい。優秀者様ほど、世間のお役に立つことはできない。しかし、自分をそれなりのリソースとして社会に提供していけばいい。自分を適切な商品にしていくのだ。

 優秀者様とは違って、しょせんは替えのきくパーツだ。だれがやってもいいし、独創性は足りず、かわりはいくらでもいる、いずれはロボットでもよくなる、というより既にロボットよりも安い。

 でも、リソースになることはできるのだ。社会のほうが勝手に、あなたはこういう役目ができるねとお膳立てしてくれるわけではない。ましてや、提供してやるなんてスタンスは言語道断。



 どうか自分を社会のどうでもいいパーツとして役立ててくださいね、と懇願する。

 それができないから、人間未満になる。



 その見極めを、高校一年生のときにさせるのであろう点で、たしかにその公立高校はうまくできていた――同レベルの集団のなかでどう際立っていくか、どう頑張れるか、あるいは、美徳を得るかというのは生涯にわたる確実な人権保持のためにたしかに大事で、上中下を、生徒自身に選ばせるのだ。

 それである程度わかる。



 もちろん、ある程度のアドバイスはしていくのだろう――そのアドバイスに耳を貸せるかというのも、資質だ。

 それでもわからなかった、無謀な人間が、間違う。


 優秀な人間が、自分ではあまり優秀ではないと思っていなかった。あなたは優秀なのよというアドバイスに、耳を貸さない。これも若干の問題ではあるが、そう大きな問題にはならない。その人間の優秀さが、社会の合理的システムのなかで確実にその人間をどこかに運んでいってくれる。ベルトコンベアが勝手に作動してくれる。たくさんのベルトコンベアが、上に下に至るところに稼働しているのがいまの世の中で、しかもそのベルトコンベアはAIによって上に行く資格のある人間をわざわざ見つけて乗っけていくという、大層便利なものなのだ。


 しかし、その逆は、比較的深刻な問題になる。

 高校生にもなって、自分の能力をわきまえず夢を見るなんて、……劣等じゃないか、と。



 常識的に考えてみれば。

 どこかで。気づく必要が、あったはずだが――。

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