来栖海、そのデータ
来栖空は来栖春の姉で。今日はここにはどうやら来ていないらしいが、彼には妹もいる。
来栖春のデータは冴木教授に呼び出された際にあらかじめチェックしておいたが、家族の情報と併せてまた見てみてもいいかもしれないと寿仁亜は思いつつも――ひとまず家族全員分を見てしまおうと、来栖海という人間のデータを開いた。
来栖海、来栖春の三歳年下の妹。
この女性――見た感じだけでなく、瑠璃と空とおなじく海も性別の欄も女性となっているので、女性、と呼んでいいだろうが、この女性はちょっと意外なほどにこれまで見てきた来栖家の人々と印象が違った。
ちなみに、咲良も春も、性別は男性とあった。幼少期から繰り返される性別診断と、発達したホルモン治療で、いまではたとえば性自認とは異なる性の身体をあえて選択する場合など一部のケースを除いて、性自認と身体の性は比較的簡単に一致させられる。その場合もまた、Necoの記録に残る。見た目と実際の性が一致していないというケースはほとんどなくなった。だから女性と書いてあれば基本的には身心ともに女性で、男性と書いてあれば基本的には身心ともに男性だと判断できる。
高柱猫の望む世界がとくに性別に関しては出来上がったと言えるが、同時に彼自身がこの技術の恩恵をどれだけ受けたかったかと――技術の開発を先導したのは高柱猫自身だったという時系列の矛盾があるとはいえ、センチメンタルにそう述べるひとびとは、世の中には、多い。
来栖海のパーソナルデータに注目を戻す。
彼女はどちらかと言うと、溌剌としていた。言葉は悪いが、春も含み一定して地味で不器用な、そして薄い印象を受ける来栖家の人々とは、異なるタイプのようだった。
写真を撮られる際にも化粧をばっちりしたのだろう。年に一度、社会に生きるひとびとはNecoに登録するための写真を撮ることを義務づけられている。面倒臭がる人間も多いが、同時に、めんどくさいと口では言いながらもばっちり準備する人間がいるのも確かだ。おめかしをして、ばっちりと専用の写真スタジオを予約して。
おそらくはそのへんの街中撮影機で撮影したのではないかと思しき、これもまた言葉が悪いがチープな証明写真だった来栖家の人々と違って、来栖海は専用の撮影スタジオを予約したのではないかと推察ができた。
プロフェッショナルなレベルでの、しかし証明写真に相応しい控えめな化粧を顔に施し、しかもそれはある程度成功していると言えた。顔色は明るく、血色はよく、肌は多少なりとも煌めいて見える。大きくはないが小さくもない瞳をそれでもまつ毛と目元に化粧を施すことで愛らしく見せ、唇は色づいてつやつやとしていた。
とんでもなく美人というわけでは、失礼ながらないのだが――きれいであろう、あるいは、きれいでいたい、という努力がある程度は結果に結びついているようだった。
そのことが彼女に自信をつけさせているのだろうか。彼女の口もとの口角は、過剰でもなく適切に上げられ、目元は笑顔とまではいかないが煌めきをたたえて、まあ好ましいと言える表情をしていた。
彼女に好感をもつ人間というのは確実にいるだろう――実際、おなじ職場で働いていたら、悪くは思わないような雰囲気をもっている。
唯一、その装いで違和感があるとすれば、二つに結わえた髪だった。おそらくは肩の少し下あたりまで伸ばした髪をぴょこんと飛び出るように結わえているのだろうが、化粧や表情の良い意味での年齢相応さに対し、その髪型は少し幼過ぎるように思えた。……いつもその髪型であるのかはわからないが。
だが、まあ違和感を無視できるレベルではある。
全体として、来栖海の容姿と表情は、社会的に見ても好ましく整っていた。
職業は、対Necoプログラミング言語のデバッカー。中規模の下請け会社に勤めている。だが、最近この会社はアプリやツールの開発を新規事業として始めており、海は新規事業企画部への異動を希望しているようだった。現在の仕事の評価も悪くはない。会社側が充分に、若手社員の来栖海の希望を受け入れる余地はありそうだった。
デバッカーは黙々とやれる人間が向いている。写真の印象からすると、海は、良くも悪くも他人の目を意識できる、他人との関わりを意識してしまうほうだと推測できるから、コミュニケーション能力を得意とする企画のような仕事はむしろ向いているのかもしれない。
……ころころとよく笑う、ひらひらとしたスカートを履いた、若い女性。
どこにでもいそうな、しかし、ひとりの女性としてそれなりに魅力的であろう人間、そういうイメージが、来栖海に対して浮かんだ。……寿仁亜の、これまでの豊富な対人関係をもってして。
しかし、そんな彼女の人生は、あまり平坦であるとは言えないようだった。これも、データ上は、来栖家のひとびとと違って。……経歴の、特筆事項が、たとえば姉と違って海には大層多い。
それを、寿仁亜は見ていく――。
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