消化しきれない
すべてのイチゴは婚約者どのに蹂躙され、破壊され尽くした。
婚約者どのがイチゴをひと通りぐしゃぐしゃの血のように解体して、呼吸をまだ荒くしながらもその気持ちがやっと落ち着いたらしいとき、腕に巻き付けた腕時計型デバイスで時刻を見ればすでに一時間近くが経過していた。
婚約者どのの弟君はショートケーキなどとっくに食べ終わって、モニターでまた悪趣味な――などと直接言えるわけもないから良く表現するなら大層興味深い、チャンネルの番組を見ていた。そこではただ人間未満がいじめられる。人間未満がいじめられる。人間未満がいじめられている。
感情を極力排しているはずなのに楽しそうなナレーターの声、映像の光はちかちかとモノクロトーンのリビングに映える、光をもつはずなのになぜか眩しくは感じない。むしろくすんで見えるから、繁華街で感じたまぶしさこそが自分にとってレアだったと、狩理は重々承知していた――あのまぶしさがたかだか一時間数十分前のことだっただなんて、……いまの自分には、信じられない感覚だった。
婚約者どのは、気持ちがすっきりしたらそれはそれでと言わんばかりに、どっかりと座ってショートケーキを食し始めた。彼女は弟と対照的に、ケーキというものは縦に分割して食していくことを好む。ひとの心を割っていくみたいで、ドキドキして楽しいのだと、彼女も言っていたがあれは彼女が何歳だったときだろうか。すくなくとも、彼女がまだ婚約者の妹という関係だったころのような気が、する。
しかし、ショートケーキのイチゴは別枠らしい。気に入れば、分割せず、いつも別に取っておいて、最後に食べる。ただし、それはショートケーキがそしてイチゴが彼女のお眼鏡にかなった場合で――。
「やあだ、このショートケーキ、甘ったるい、幼稚な味がする。ようちえんの子にでも向けてるのかなあああ?」
婚約者どのはニヒルな笑みを口の端に浮かべ、あは、あはははと笑いながら、馬鹿にするようにわざとにちゃにちゃと音を立てて、ショートケーキを食していった。普通にしていればそれなりに可愛らしい顔も台無しで、……それは、弱肉強食の世界に生きる獣の表情そのものだった。
ショートケーキは、彼女に咀嚼され消化されいずこへと消えている。もちろん、ほんとうは彼女の身体の一部になるのだ。
しかしその身体が食べものという有機的な要素で出来ていると、狩理はどうしても信じられなかった。では何で出来ているかと考えると、ばかげているとわかりつつも、単細胞生物が分裂に分裂を繰り返し出来上がった存在のような気がした。そうでなければ、もういっそ無機物だ。
ふたごは、命の気配を纏っていない。彼らも当然人間ではあるのだろうが――実感がない、アンドロイドよりももっと人間らしさがない、アンドロイドという存在と出会ったのはそれこそ学生時代の社会見学だけであったと記憶しているが、……アンドロイドをつくる工場のサンプルとして子どもだった狩理たちに愛想よくいろいろ説明してくれた女性型のアンドロイドのほうが、まだずっと、人間みがあったように思える。
食べものと身体がうまく結びつかないような存在でありながら、彼らふたごは、幼いころからあらゆる美食を経験している。スイーツに関しても、同様だ。貿易商をしている両親は世界を飛び回っていて、家にあまりいないお詫びだと言わんばかりにいつも大量のおみやげを買ってきた。社会評価ポイントも高くお金もあるのだろう、買ってくるものは高級なものばかり。雑貨、そしてもちろんスイーツも。狩理のぶんは、ちゃちなストラップいっこだけだったりしたが、与えられるだけ文句を言ってはいけないと狩理は幼いころから当然のように、承知していた。
しょせん自分は犯罪者の息子。
本来であれば、ひとではいられない立場なのだから。
たとえ、安っぽいプラスチックでできた下手なデザインの、小学生ですら喜ばないような雑なストラップが、たったいっこでも――その目の前で、婚約者とその妹と弟が、もう要らないよと言ってもとにかくとにかく大量の、貢ぎもののようなプレゼントを、されていても。
文句など言えない、……そもそも言ってはならない立場だ。
だが。……だが。
狩理のなかでは――なにかとても、消化などしきれない、……深いひっかかりが、残っていた。この家で、どれだけひどく扱われたって――こんな気持ちになることなどすくなくとも大きくなってからは、……ほぼほぼ、なかったのに。
そのために――自分の心を殺してきたといっても、……過言ではないのに。
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