Grimによるテロの可能性

 Grimによるテロの可能性……Grimの目的……人工知能同士の関係……Neco圏の人間の安全の確保……プログラミングによる対抗策……。


 そういったさまざまにある複雑な問題と、GrimとNecoの微妙な関係性に思いを馳せ、頭を最高速度で回転させ、これは本当に困ったことだと寿仁亜は考えていた――さてどこから攻めていこうか。まずはGrimの動向の監視? 社会公務員や倫理監査局にも通報して可能性を仰ぐ? 強固なプログラムの作成――春から送られてくるプログラムへの対応と謎の青年によるハッキングの対策を行いながら、同時にできるか?


 困った。これは困った。やるべきことはなんとなく見える。しかし、あまりにも時間が足りない。あふれそうだ、というより、すでにあふれている。

 人員の出入りは制限したが、ここはいっそ多くの人員に助けを仰ぐしかないかもしれない――寿仁亜の勤める大学の教員たちや、Necoの専門家や、ツテを頼ってとにかくとにかく優秀な人材を集めて。対抗するのだ――だって、これはなんといってもGrimによる大規模テロなのかもしれないのだから。


 実際、Grimについてはわかっていないことも多く専門家たちは興味を持っているのだ。――この際にいろいろ暴いてしまうのもありだし、そう望む専門家も少なくないはずだ。


 寿仁亜は、気がつけば隠し切れない沈痛な面持ちで口を開く。


「……とりあえず、人材を集めないとかもしれません」

「えっ? いや、いやいやいやいや」


 寿仁亜の、人工知能専門家の見地からはなんら間違っていないであろう推論の結果を――寧寧々は、軽くあっけなく否定した。右手まで振ってみせて。


「言ったろう? 私が気になるのはまず、具里夢と叉里奈はなにをしているのかということだよ」

「……しかし、これはGrimによる大規模テロの可能性が出てきました。だとすれば、大変な問題です。専門家の総力を挙げて対抗しませんと――」

「ああ、わかった、わかったからまず具里夢と叉里奈についてもう少し見せておくれよ」


 わかった、わかったと言葉では言っているが――寧寧々はなんだかんだ人工知能の専門家ではないから、事態の深刻さをわかってもらうにはもっと説明しなくてはならないのかもしれない。


「寧寧々さん。失礼ながら、いまはもっと大きな見地から――」

「私は知りたいんだよ。あんな優秀な幸奈を人間未満に処分した家庭というものに、大変興味があるのでね。……ちょっと操作させてくれるか、おっ、本当に指を動かすだけでいいんだな。私の指の動きにも反応してくれるぞ」

「温度センサーで稼働してますから……」


 仕方ない。寧寧々には寧寧々の興味が満たされるまで、思うように情報を見てもらったほうがいいのかもしれない。

 人工知能専門家である自分が行動すべきはともかく、Grim圏による大規模テロの阻止だ。これは首都の公園のみに留まる話ではない、とても、とてもだ。

 見槻と木太とジェシカもいま必死に謎の青年のハッキングへの対策をしてくれているだろうが、いったんこの重大な可能性を伝えたほうがいいかもしれない。冴木教授もプログラムをつくっているようだが、この緊急事態ではいったん素子に頼んで――。


 可那利亜が、寿仁亜にずいっとスマホ型デバイスの画面を突き出してきたので、寿仁亜の最高速度の思考はいったんそこで停止した。


「具里夢と叉里奈って子、いまはAin圏にいるらしいわよ?」


 見ると、西方の広い広い砂漠にふたつ点があって、南美川具里夢、南美川叉里奈と名前が表示されている。ふたつの点は叉里奈をわずか後方に、おなじような速度でより西方に移動していた。車移動を思わせる速さで。


「ふうん。そうか。つまり具里夢と叉里奈は、娘がとんでもない事件を起こしているとも知らず呑気に仕事だか旅行だかに行っているわけだな。だいたい子どもをきちんと見ていないから子どもがこんなめちゃくちゃな事件を起こす人間に育っちゃったんじゃないのか? 私は子育てなんてしたことないし今後する予定もあろうはずないからわからないけどねえ――」

「……可那利亜さん、寧寧々さん、話はもう南美川具里夢や叉里奈に留まらないものであるかと――」

「ほんとうに?」


 可那利亜の大きな笑顔が、まっすぐに寿仁亜を見ていた。

 寧寧々も、口を少しへの字に曲げて寿仁亜を見つめている。


「まだ、わかっているのは南美川真の両親がGrim圏出身ではないかもしれないということ、しかもそれは想像よ。ほんとうに彼ら、Ain圏の出身なのかもしれないし。いまは里帰りをしているだけかもしれないわよねえ? 子どもは若いとはいえ成人しているのだから」

「そうそう、実際サウス・ビューティフル・リバー連盟はいま仕事で仕入れに行っているのかもしれんぞ」

「それもありえるわねえ」

「しかし……Grimによるテロだとしたら……放っておくわけには……」

「……だとしたら、ね」


 ああ煙草が吸いたくなった、と。

 寧寧々は――まったく関係ないことを、ひとりごちるようにつぶやいたあと。


「……私が聞くに、物理学の専門家たちも数学の専門家たちも、虚無の問題だとしたら、座標軸の問題だとしたらと仮定して大騒ぎしているように見えるがね。どうもみな虚無やら座標軸やらにとりつかれて、他に目を向ける気はないらしい――大層な人材たちが、みなもっていかれているようじゃないか。なあ、……寿仁亜先生」


 まったく敬意のかけらもなく。

 しかめっ面で、仏頂面で、寧寧々は寿仁亜に対してにこりともせず、そう言った。……先生、と。


 寿仁亜はそこで、初めて気がついた。

 ――Grimによるテロの可能性というのは、まだ自分の頭のなかにしかないものだったということを。もちろん、共有すれば人工知能専門家たちはおなじような意見をもち行動してくれるだろうが、たしかにそれは、



 物理学の専門家たちが虚無に、数学の専門家たちが座標軸にとりつかれているのとおなじような様相を呈していると――。

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