NecoとGrimの関係
寿仁亜の頭のなかに、浮かんできた可能性があった。それは、どちらかというと強く否定したい、しかし否定しきれない可能性だった。
否定したいがために――寿仁亜は恐れを呑み込み完全に隠し、笑顔のままに、口を開く。
「もしかしたら、ですが。これは、Grim圏による大規模なテロである可能性も――」
寧寧々と可那利亜もはっとした顔になり、それぞれ黙り込む。なにかを考えているようだった。
……ゆっくりと、寧寧々が口を開く。
「……ない、とは言えないな。しかし、とりあえず私が気になるのは、だ。自分の娘がとんでもない事件を起こしておきながら、このふたりはいったい、なにをしているんだ」
現在の職業は、具里夢が会社経営、叉里奈が会社経営補佐とある。
会社経営の、会社、という文字にカーソルを合わせ詳細な情報を表示させる。
会社名はサウス・ビューティフル・リバー連盟。南美川、を英語にしたのだろうが……たいして上手でもない、センスが光るわけでもない名前だった。構成員は具里夢と叉里奈の二人。夫婦で経営をしているということだろう。
業務内容は、非現実アンドロイド業務とある――つまりバーチャルな世界におけるアンドロイドに関わる仕事をしているらしいが、実績については倫理的観点から非公開とされていた。
二人の個人情報を表示させ、スライドして見ていく。
社会評価ポイントは二人とも悪くない。具里夢は優秀な社会評価を得ていて、具里夢から最大限のスペシャル・サブジェクティブを受けて叉里奈も具里夢とまったく同等の社会評価ポイントを持っている。具里夢は叉里奈を愛し、叉里奈は具里夢に愛されているのだろう。スペシャル・サブジェクティブを最大値で与え合う、または与える夫婦や家族というのは、大抵の場合お互いに愛し合い大事にし合っているものだ。
「……出身地だって、本当の情報じゃない可能性があるわよねえ。仕事だって、本当に会社を経営しているのかは、わからないわ。Grimは進歩主義だから、技術も進んでいて――小さな子どもにも、エンジニアやプログラマーのような仕事をさせているそうよ。そんな環境でもし、もしよ、もしもだけれど南美川具里夢と叉里奈が育ったのだとしたら……もしかしたら、Necoの登録データを誤魔化すこともできるのかもしれない……」
「なるほど……」
内心で、寿仁亜は唸った。
Grimの話を持ち出されるとなんとも言えない話となってしまう――共通人工知能であればある程度は情報を相互にオープンすることを義務づけられているが、Grimは共通人工知能ではないので非公開のことも多く、そもそもどういったプログラミングをしているのかの情報も集まりきっていない。専門家である寿仁亜でさえ、そうなのだ。
「Grimとの関係となってくると……ややこしい話になりますね……」
Grimは本部のあるエリアから近いAin圏に対して、度々テロ紛いの行為を繰り返している。ハッキングをしてくることも多い。AinとGrimの緊張状態は続いており、犠牲を出しながらもAin側はGrimの対応にある程度慣れている。
しかしNeco圏となれば話は別だ――Necoは共通人工知能の一員としてGrimに提言したり平穏ではない関係を持ったりはしていても、Grimとの直接的なトラブルに発展したことが、ほとんどない。
経験してきたノウハウがないぶん、Grimを相手にするのは手こずるだろう。共通人工知能同士、Ainに協力を仰ぐことはもちろんできるが、しかしこれまた少々の問題が出てくる――NecoとAinはさして仲よくないのだ。
人工知能同士の関係も、それぞれで。たとえば、NecoとMother-Boardの関係はそこまで悪くない。NecoとRunaoの関係もそこまで悪くない。Necoのベースとなった高柱猫と、Mother-Boardのベースを作り上げたシスター・ルール、Runaoを開発したノエルが、二十一世紀前半から半ばにかけてリアルタイムで知り合いだったことにもよるらしい。しかし、そのわりにMother-BoardとRunaoの仲はあまりよくない――シスター・ルールとノエルの関係はそれなりだったのだが、Mother-BoardとRunaoは根本的なところで価値観が合わず、それでいてローカルエリア文化の関係が深いので同族嫌悪のようなものも働き、なかなか合意に達さないケースも多い。RunaoはMother-Boardのことを「明るいが、明るいばっかり」と評価し、Mothea-boardはRunaoのその評価を借りて「美しいけど、ただ美しいばかり」と呼んで度々問題になる。Necoはそのたび、Mother-BoardとRunaoの仲をとりもっているらしい。
仲がよくないと言ってももちろん人間同士のそれとは若干異なる。ただ意見が合わない。合理的な推論の結果、「明るいが、明るいばっかり」とか「美しいけど、ただ美しいばかり」といった文字通り評価が出てくるのであって、好き嫌いや、気分で決めているわけではない。ただ判断のプロセスとその結論の相性がよくないのだ――人工知能はおおむねのベースの判断システムはおなじだが、こと政治的問題や利害が対立する問題になると、各々の価値観の違いによって人間の目には文字通り止まらない速さで熾烈な議論を何度も何度も繰り返す。
それはまるで旧時代に聖職者たちが集まって正しい教義を決めていた、その数千年分を一瞬にして繰り返しているようだと評したRunao圏の学者もいる。
そしてNecoとAinの関係はあまりよくない。価値観があまり合わず、利害に関しても対立構造になるケースが多い。そもそもAinはあまり友好的な人工知能ではないが、しかしたとえばMother-Boardとは比較的良好な関係を保っている。というより、Mother-Boardは大抵の人工知能とうまくやっているのだ。Runaoを別とすれば。
だからこそ、Grimがもし攻めてくるのであれば困るのだ――どうしてもAinのノウハウに頼らざるをえなくて、ただ、……Ainは果たしてNecoのために力を貸してくれるのだろうか。スムーズに。
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