南美川家の家族情報

 まずは、南美川真のほうからだ。

 青年の情報を知りたい気持ちもあるがしかし、南美川真の情報とだってまだ満足には向き合えていない。

 顔の画像を分析にかければNecoのほうですぐに人物を特定してくれる――魚眼レンズで歪んだ顔は多少は手順が増えるだろうが、多く見積もっても一秒未満の誤差だ。しかしそれであってもNecoに負担がかかるのは確かだから、……もしNecoにたとえ僅かであってもできる限り多く負担をかけてやろうという魂胆も入っているならば、たいしたものだと、寿仁亜は思った。もちろん、ただ顔を歪めて見せたいという悪趣味でもあったのだろうけれども。


 寧寧々は黙りがちだったので、会話は、寿仁亜と可那利亜を中心に進んでいく。

 モニターに、南美川真のあらゆる角度からの情報を順番に映して、三人で注意深く見ていきながら――。



 さきほどもスクリーンに映し出していた、1ページ目。南美川真、という名前と、性別、年齢、国立学府という所属など、基礎情報が書かれているページだ。

 ちなみに、南美川真の単位の情報もさきほどこのページで見ることができた。国立学府、という文字に空中に指を滑らせカーソルを合わせれば、単位の情報やリスト、備考欄もすべて閲覧できるのだ。……今回の事件の緊急性はNecoも重々理解しているから、個人情報も最大レベルで引き出すことができる。


「国立学府で次席って、すごい子なのに……なにも、こんな事件起こさなくったってねえ」

「なぜ、事件を起こしたのでしょうか……」

「わからないけど、デザインキッズって倫理観が欠如しがちってデータが出てるらしいのよ。遺伝子についてはあたしはよくわかんないけど……ね、そうなのよね、ネネ?」

「……ああ。そうだな。カナの言う通りだ」

「もう、ネネったらさっきから上の空なんだから。なーんか、隠してない? ま、いいけど。……寿仁亜くん、生物学者のネネ先生が言うんだから間違いないわ」

「なるほど、そうなんですね……」


 寿仁亜は、デザインキッズは倫理観が欠如しがちであるという情報を教養として既に得ていたが、それは特に言う必要もあるまいといま初めて知ったかのようにうなずく。


「なぜ倫理観が欠如してしまうのでしょうか」

「それはまだ研究途中らしいけど、遺伝子をいじればいじるほど倫理観の欠如の度合いが上昇するとも言われているらしいわよ。だからパーフェクト・デザインキッズなんて、まだ数が少なすぎてデータも取れないけれど、倫理観がすっごく欠如しちゃうんじゃない? って、ネネの受け売りだけどね」

「倫理観の欠如は……危ないですね。この世の中で」

「まあ、でも、それだけ優秀だろうから――社会評価ポイントで倫理観の欠如も補えるだろうしね」


 それは、そうかもしれない。

 実際、南美川真の社会評価ポイントは高い。とんでもなく。



 寿仁亜は空中に指を滑らせる動作で、モニターのページをめくった。2ページ目。家族構成――。


 南美川真は、南美川具里夢と南美川叉里奈の長女。

 弟である長男に、南美川化という人物がいる。


 この家族欄は、とんでもないこと、突っ込みたいことだらけで、さてどこから突っ込んだものかと寿仁亜は躊躇したが――寧寧々と可那利亜の反応のほうが、そのぶん早かった。


「やはり――」

「……あっ、これ、もしかして」


 寧寧々と可那利亜が同時に口を開いて、顔を見合わせた。

 どうかしましたかと問えば、二人とも歯切れが悪く、なにか言おうかどうか思案しているようだった。


「……言ってしまって、いいのかなあ」

「倫理的にちょっと、あたしたちのやってることもギリギリだもんね……」

「他言は、もちろんいたしません。Necoの前に誓います」


 倫理的にちょっとやっていることがギリギリな人間なんて、いくらでもいる。

 寿仁亜自身はどちらかというと、どこの大地のお天道様のもとでも堂々と歩けるほどの清廉潔白を内心のいちばん奥で本人もはっきりとした自覚のないほどひっそりと自負していたが。

 しかし、寿仁亜にとってそれはつまり――他人が倫理的にギリギリのことをやっていたところでさして気にならない、というパーソナリティに逆説的につながっていた。……自分自身が青空のように清廉潔白ならば、曇り空や雨のもとに生きている人間もいるはずなのだ。自分を罰する必要もない寿仁亜はだからこそ、他人を罰し、許さない必要性も特には感じないのだった。


 Necoの前で誓う、というのはいざ倫理裁判となっても証拠として提出できる。現代では、旧時代に法的拘束力を持った公的証書よりもずっと本人の意志として法的そして倫理的拘束力があるのだ。

 そこまでわかっていて言った寿仁亜のことを、寧寧々と可那利亜もわかって、だからまたしても顔を見合わせてどうしようかと声をひそめておよそ1分のあいだ相談したのち――。


「いいだろう。そちらを信じることに、いや――ベットしようじゃないか」


 ベット。賭ける。寧寧々はいま、なにかのリスクを承知したうえで寿仁亜に話をするほうを選択してくれた、そちらの選択肢に、……ベットしてくれた。そのことはとても嬉しく、そして――事件の解決への糸口になりうることだった、……みなに心の底から信じてもらって、情報を集めることができれば、解決できないことなどなにもないと寿仁亜は信じている。永遠の王国に君臨するキングのように。そんなものがもしあれば、だけれども――ぴかぴかとした、青空の果てのような理想を寿仁亜は目指したい。


 寧寧々と可那利亜は、話してくれた。

 あれこれ、貴重な情報を――事件の解決の糸口になるかもしれない、情報を。

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