犯人像を突き止めたい

「なんだったんだ」


 銀次郎は舌打ちをして、拳でパソコンのモニターのまわりを殴った。木太が巨体をびくりと震わせる。


「自分から盗聴しておいて、今度は自分から盗聴を切る? なんのためにやってんだよ」

「……舐めてるんじゃないですかね」


 言い出したのは、それまでことの成り行きを黙って見ていた見槻だった。


「犯人、自分のが圧倒的に上だって思ってんすよ、知らんけど。盗聴なんかいつでもできるぞ、って示したかっただけなんじゃないすかね。や。わからんけど」

「あー、もしかしてだから、私がアンフェアって言ったら嫌がったのかな?」

「かもしれないよな、俺らが不利で犯人のが有利なんて、そんなハンデ要らない! とか言ってキレてたりして」

「意外と単純な犯人ちゃんなのかしらねえ」

「……舐めてる」


 銀次郎は殴ったばかりの拳を、じっと見つめた。


「はは、舐めてんのか、ははは……上等じゃねえか。こんなに舐められたのは久しぶりだぜ。逆に愉快になってくんなあ」


 からからと、中身のない笑い声が自然と漏れ出た。……上等だ、ほんとうに上等だ。いまや超一流となった自分を舐めてくる者などいなかったのに――また、湧き出たのか。自分を舐めてくる者が。……むかしむかし、だれにでもそうされたように。


「しかし、本当に……見槻の言う通りかもしれませんね。アンフェアだ、とジェシカが言った途端、盗聴を切った。ということは特にこちらの情報が必須というわけではなかったはずです――」


 寿仁亜は話しながら同時に思考を進めていたようだったが、ふと、思い当たったかのように言葉を区切って言う。


「――逆探知など、試してみるのはいかがでしょうか」

「逆探知、ねえ……」


 ハッキングをしてきた輩に逆にハッキングを仕掛けて、居場所や個人情報を炙り出す。通例であれば倫理的に望ましくないとされている行為だが――このような非常事態では、倫理監査局もとてもノーとは言わないだろう。むしろ公園事件の重大性を鑑みて、ぜひぜひやったほうがよろしいです、とでも言い出しそうなものだ。


 しかし――ここまで強大な力を持つ犯人に、逆探知をしたところで、と銀次郎は思わなくもなかったが。


「僭越ながら申し上げれば、先生。もちろん犯人は逆探知に備えている可能性も高いです。ですがこちらを完全に舐めてきているような犯人だとすれば――その甘さを、逆に突けるかもしれません。……先生ほどのお方を舐めてくるなどとんでもない犯人ではありますが……身のほど知らず、おっと失礼しました、まだまだ未熟なだけなのかもしれません」


 にっこりと、寿仁亜は微笑む。よくこの状況で、……そんな余裕を取り戻せるなと、わが弟子ながらあっぱれの余裕の態度で。


「来栖くんから続きのプログラムが送られてくるまでは、ほかにできることもありません……」


 まあ、それは、事実だが。


「もちろん他にも時間の使い道があるのではないかと――検討の余地は、いくらでもあります。しかし先生、僭越ながら――僕たち、先生の弟子は逆探知でしたらすぐに取り掛かれます」


 寿仁亜だけではなく、見槻も、木太も、ジェシカも、肯定を示すかのようにそれぞれ銀次郎を見てきた。


「僕は、逆探知に賭けてみる意味はあると思います……犯人像が少しでもわかれば、解決の手掛かりにつながるかもしれません。いかがでしょうか先生。どうぞ、ご指示を――」

「……依城おめえ、狸芝居をいっつもいっつも打ちやがって」

「失礼ながら、なんのことでしょうか?」


 にっこりとする一番弟子は、やっぱり、……狸だ。


「……わあったよ。依城、おめえには俺に見えてねえものも見えてんだろうよ、たぶん」


 依城寿仁亜は、とにかく視野が広いから。


「ただ俺ぁとにかくNecoの方面から解決できるすべを探すぞ――Necoを組むほかねえんだ、俺のしたいことはよ」


 より正確には、したいことではなくて、……できること、だが。

 そこまで弟子や、初対面同然の他人たちに言ってやる義理もあるまい――。


「もちろんです、先生。……逆探知のほかにも、さまざまなすべで突き止めたいと思います。ただ僕は、個人的な所見で恐縮なのですが、ほんの少しだけ犯人像が見えてきた気がするのです……」


 寿仁亜が思っているのは、おそらく。

 寧寧々の言っていた、遺伝子操作の話。

 ジェシカの漏らした、アンフェアという言葉。


「……寧寧々さんの生物学の知見、可那利亜さんの応用薬学の知見、専門家のみなさまの知見も、どうかお貸しください。僕はすこしでも――犯人像をもっと具体的に、見てみたい、突き止めてみたいです。……思考のプロセスを少しでも考察してみたい」


 それが、解決への道すじになるから、と。

 そうだ。この弟子は。いつもいつも自信満々で――ポジティブな視野の広さで、曇りなく、いつでもなんでも解決してきたのだった。……銀次郎とはまったく違うタイプなのに、銀次郎の説くNecoの可能性が、視野の広さの観点からしてもすごいすごいと、ここまで寿仁亜は追いかけてきて――いま、そばにいるのだった。


 そして、寿仁亜は。

 犯人像を突き止めたいと――動きはじめるのだった。


 銀次郎は、すこし仮眠を取ることにした。

 己の専門性はあくまでNecoだと、銀次郎は自覚している。もちろん寿仁亜をはじめ他の人間たちも、そのことは、重々承知している。


 春からプログラミングの続きが送られてきた際に、銀次郎がいなくては話にならない。弟子全員の力量よりも現在の銀次郎の力量は上回る、未来の話は置いておいても。

 だから休憩を取るならいまだと――銀次郎は素子や大学側の手配により設置された仮眠室で、来るべき春のプログラミングに備えて、いっときの、わずかな休憩を取るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る