アンフェア
盗聴されているというのに無駄な話をする寧寧々と可那利亜にも、銀次郎は苛ついた。よくよく考えてみれば、犯人像の話なんかしていたらそれはそれで聞かれてしまうのではないか、犯人とやらに。
銀次郎たちは言葉少なに、話し合った。この部屋を出て対策本部を移動させたところで、今度はおそらくそちらが盗聴される。かりに建物の外に出たって同じことだろう。現代Neco圏ではいつでもどこでもNecoが張り巡らされているのだ。相手もNecoを使って盗聴を仕掛けてきている以上、Necoがあるところだったら結局、結果は同じになる――それどころか、盗聴対策をしているだけで対策本部が終始する可能性すらあった。
……むしろ犯人の狙いはそれなのかもしれない。
「……Mother-BoardやRunaoに頼んでみても、いいけど」
ジェシカがひとりごとのように、言い出したりもしたが。
「結局、意味のないことだよね」
ジェシカの言葉にみな賛成だった――このなかでMother-BoardやRunaoをNeco並みに扱えるのは、ジェシカしかいない。銀次郎たちも多少はMother-BoardやRunaoの心得があるが、それは本当に少し読めたり書ける程度のもので、Necoほどの鋭い専門性はもちろんない。
たとえばMother-Board圏やRunao圏に、向こうに頼み込んで対策本部をつくったところで、では誰が今度は具体的な対策にあたるのだという話になる――ジェシカのほかにMother-BoardやRunaoの専門家を探す暇が、はたしていま、あるのか。
複数の言語を扱えるジェシカはどちらかといえば例外的だ。比較プログラミング言語学を専門とする学者は世界じゅうにいるが、しかし彼らがすべてのプログラミング言語をまるでネイティブのように扱えるのかというと、それはまたまったく別の話だった。
つまり、シンプルに人材の当てがない。ジェシカもおそらく自分と同等かそれ以上に複数のプログラミング言語を扱える人材に、心当たりがないのだろう。
いま闇雲にNecoのないところへ移動したところで、こちらが弱体化してしまうだけだった――犯人がMother-BoardやRunaoを扱えないと決まったわけではないのだ。
どこにいたって盗聴されてしまう――。
「……諦めるほか、ないかもしれませんね」
寿仁亜は顎に手を当て、深刻そうな――彼にしては珍しく、社会的なポーズという以上に本当に深刻そうな雰囲気で、言い出した。
「……あんだよ、諦めるってよ、なにをだよ」
「説明が足りず申し訳ありません、先生。もちろん事件の解決は諦めません――しかし僕たちのやりとりが聞かれてしまうことに関しては、諦めたほうがいいのかもしれない、と思いまして」
「……そうかよ」
そっけなく言ったが。
内心では、銀次郎も賛成だった――というより、もうそれしかないと思っていた。
自分たちの会話が聞かれているのは気持ち悪いが、部屋のシステムを組み直してもまた一瞬でハッキングされるのならば、結局おなじことだ。
むしろ犯人は、銀次郎たちがそうして労力をいちいち部屋のシステムの再構築に注ぐのを狙っているのだということさえ、ありうる。
公園事件に本来投入できたはずの労力を――。
「正々堂々と戦うほかないのかもしれませんね」
騎士のように。
中世だかいつだか知らないが昔いたという、気高かったらしい騎士のように――寿仁亜は堂々とした威厳をまとって、小さな笑みさえまた浮かべて、言う。
「こちらに隠すことは、もうなにもない。犯人はこっちの話が聞こえているでしょう。だからアンフェアですが――こっちはこっちで、不利なりに、そのまま戦っていくのみなのかもしれません」
「……ほーんと、アンフェアもアンフェアだよね。自信、ないのかな? 犯人って」
寿仁亜の言葉に、ジェシカがおおげさに肩をすくめる。
そのときだった。
「……あれ」
木太が、声を上げる。もちろん、銀次郎も気がついていた。寧寧々の目にはそれは、パステルカラーが一瞬で消えたとしか映らなかっただろうが――。
「……なくなりました、ね」
「ああ、……なくなったな」
……盗聴が。
ふっ、と。
急に――もともとなかったかのように、止んだ。
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