パステルカラーのセンス
――どういうことだ。
衝撃が部屋全体に走る。いま、プログラムを組み直したばかりだ。それなのになぜ盗聴されている。
木太がつまらない冗談を言うとも思えない。その証拠に、木太の表情も強張っているのだから。
「おい、見せろ」
みなが衝撃で固まりかけた部屋で、真っ先に動けたのは銀次郎だった。
立ち上がり木太のモニターの後ろに回り画面を覗き込む――リアルタイムで表現される黒背景に白文字のプログラミングの挙動は、たしかに、おかしかった。
ところどころにノイズとなるコードや文字が入り込む。それらのコードや文字はときたま、ピンクや水色や黄緑に染まり、虹のような様相を呈した。まるで、プログラムを見ている人間たちを馬鹿にするかのように――。
銀次郎は両手で髪をぐしゃぐしゃと掻いた。
……これは、十中八九、盗聴されている。
ほとんどありえないことだ。
いま銀次郎たちが全員で全力を尽くして組み直したばかりのプログラミングを易々と突破してくるなんて、そんなの――。
「……化け物が、いるようですね」
ぞくっと肩を震わせるかのように、寿仁亜はどこか温度の低い笑顔で、言った。
そうだ。化け物。
天才、と言っても足りないような気が、してきた。
化け物なのかもしれない――いま自分たちが相手をしている存在は。
自分たちのフルパワーをこんなにも軽々と超えてくるだなんて、ありえない。
一同は、黙り込んだ。
普段から無口な木太や、意外にも口数は少なめな見槻だけではなく、こういったときにはいつも茶化すようなことを言うジェシカも、場をフォローする寿仁亜も、素子も、銀次郎も、プログラマーたちはなにひとつ言葉を発さなかった。
そんななか、おもむろに動き出したのは寧寧々だった。
立ち上がり、白衣の裾をはためかせながら、失礼、と言い木太の画面の前に立つ。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「……うーん。盗聴されている、ということだよな?」
「ああ? そうだっつってんだろ」
苛立ちが思わず、寧寧々に向く。筋違いだとわかっていても。しかし寧寧々はまったく動じず、平然と言葉を続ける。
「そんなにピリピリしないでおくれよ。私はね、ただ窮屈だなあと思ったんだ。好きなことを好きなように話すことすらできやしない。倫理的にアウトな発言がないか、いつでも意識をしていないとね」
寧寧々はそんなことを言って、肩をすくめる。……なにが言いたいんだこいつ、と銀次郎はますます苛立つ。
「しかし、私たちのおしゃべりなんか聞いてなにか楽しいのかね……これも聞かれているのだろうかね、盗聴してきている立派な犯人とやらは。化け物と言われるのが嬉しいのだろうか? だとしたら、意外と若者らしいところがある」
「若者らしい?」
顔をしかめる可那利亜に、ああそうとも、と寧寧々は怠そうに相槌を打つ。
「天才とか化け物とか言われたい年頃って、あるだろう」
「……若いやつが、こんなことしでかせるのかよ」
銀次郎にとっての犯人像は、どちらかというと老獪な人物だった。
Necoの熟練した技術を充分に持ち、それを生かす。立ち位置としては皮肉にも、高柱寧寧々に似ているのだろうか。つまり、もともとは正統な研究所だか機関だかで研究をしていたのだが、なんらか理由や理念があり、みずから組織を去り独自で研究を進めているような。
というより、そうでも考えなければ合点がいかなかった。Necoの専門性は他の専門性と同じく、当然ながら、一朝一夕で身につけられるようなものではないのだ。あるいはジェシカのように特定の分野に対して天才的なセンスがあれば別なのかもしれない。犯人はジェシカが言語に特化していたように、プログラミングに特化していたのかもしれない――しかしもしそこまでの異才がいたとすれば、そもそもNeco専門家たちのあいだで噂にならないのがおかしい。専門業界は、意外と狭いのだ。
そしてそもそも、プログラミング言語も含めて語学の天才と言われるジェシカでさえ、一朝一夕では銀次郎たちのプログラミングを一瞬で破れる域までは到達しないだろう。その証拠に、ジェシカもどこか青い顔をしているのだから。
「……さあ? 私ももう、全然若くはないのでね。若者の気持ちなどわかるはずもないが」
寧寧々はすっとぼけるように――しかし、言葉を続ける。
「……いや。思い出したんだよ。最近の若者は優秀だってことをね」
「……なんだってんだよ、なんの話だ」
「ほら。人間の遺伝子を組み替えて優秀な人間をつくろうという動きが始まったのがちょうど二十年ほど前だろう――」
……デザインキッズというやつか。
銀次郎も、聞いたことくらいはある。でも。
「……犯人がデザインキッズだって言いたいのか? 生物学の話をしたいだけなら勘弁してくれよ」
「……そうだな。たぶん、自分の分野と無理に考えを結びつけているだけだな。ただこのプログラミングのコードの、ピンクや水色や黄緑のパステルカラーのセンス――ずいぶんと、若い女の子みたいなセンスだと思ってね。……眩しく思ってしまったんだよ」
盗聴されている可能性を確実に示すノイズは――たしかに、ピンクや水色や黄緑に染まり、虹のような様相を呈しているが。
「パステルカラーかあ。あたしも、若いって思う。まあ、偏見、バイアスかもしれないけれど?」
可那利亜までそんなことを言って、銀次郎はますます苛立つのだった、……そんな話、Necoになんにも関係ないのに。
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