判断系アルゴリズム
……そして、二十六分が経過した。
部屋で使う新しいプログラミングは、完成した。これは盗聴前に使っていたスタンダードなタイプの組み方ではなく、Necoに情報を流すよう外部から不正に問われても拒否できるような、判断系アルゴリズムにおけるNeco自立型の要素を若干入れた。Necoの判断系アルゴリズムの範囲を広くしたとも言える。
Necoは対話に特化した人工知能だ。よって、どこまでNeco自身の意志で権限で判断し行えるのかということも、プログラミングでさじ加減をいかようにでも調整できる。
Necoのなかにそもそも組み込まれている判断系アルゴリズムにすべてを委ねてしまうこともできるし、一部判断を頼むことを、あるいはすべてこちらからフローチャートをつくって指示することもできる――後の選択肢になればなるほど、プログラマーの、人間がわの負担は増えるが。
しかし現実問題として、判断系アルゴリズムにすべてを委ねるプログラムというのは現状ほとんど存在しない――危険だからだ。
Necoの判断系アルゴリズムの基準や内容は、驚くべきことに、全容が明らかになっていない。他の人工知能のように、人工知能側から判断系アルゴリズムの内容公開もされていない。
現代になってもなお、研究が続いているのが現状だ。
もちろん、たいていの物事については問題ない。Necoがいわば、よきにはからってくれる。
しかし万一重大な事故が起きたら? これまで重要な事故が起こった例は、皆無ではないのだ。
かといってすべてをフローチャートで指示してしまっては、柔軟な対応ができず、マニュアルに書いていなかったからやらなかった――というような事態が、これまた重大な事故につながりうるシチュエーションで起こりうる。
だからほとんどのNecoプログラムは、折衷案として一部Neco自身の判断アルゴリズムに任せるという形を取っている。
これは他の人工知能と比べてNecoの特徴であるといえる。
そもそも他の人工知能は、判断を任せるか否かという対話の機能自体が組み込まれていない――Necoのほかに明らかに組み込まれているのはLoversくらいのものだが、Loversで活用されているという話は聞かない。まあそもそもがLovers圏には秘密が多いから、知られていないだけの可能性は大きいが、と銀次郎は思っている。
Mother-BoardもRunaoも、判断を任せるか否かという機能自体がなく、実質的には人間側が入力したプログラムを人工知能の判断系アルゴリズムで活用しているという研究結果が発表されている。しかしMother-BoardもRunaoも他のほとんどの共通人工知能も、判断系アルゴリズムの内容は非常に細かいとはいえ判断基準が人工知能側から公開されているのだ。
Necoは、判断系アルゴリズムが公開されていない。
だからこそ判断を任せるか否かという対話の機能を組み込んだのだ、と一般的には解釈されているが――なぜNecoは、他の共通人工知能であればほとんど行っている、判断系アルゴリズムの内容公開をしなかったのか。……実質的にプログラミングを行う際にほぼほぼ関係がないゆえにあまり議論されていないところではあるが、だからこそ、疑問に思う専門家やプログラマーは多い。……しかし実質的にプログラミングを行う際にほぼほぼ関係がないからこそ、明らかにしたところでそこまでの社会評価が得られるとも考えられず、ついでにひょっと解るならともかくわざわざ専門的に研究しようと思わない人間が大多数であるし、優秀者のまともな思考であることも――確かだった。
そして、新しいプログラムを実装する。
銀次郎がいて弟子たちもいれば、一分とかからない作業だった。
『ちょっと待ってください、にゃん』
一周まわってもはや場違いではないかと思える私ネコの声で、プログラムの更新が始まったことがわかる。そして次には、私ネコはこう述べる――とっくに更新を終えて。
『おわりました、にゃん! 新しくなりました、にゃんにゃん』
ほっとした空気が流れる。
よかったですね、と寿仁亜がつぶやくかのように言った。だれに言うでもなく、しかし、実際にはこの場にいる全員に向けて。
可那利亜や寧寧々、他分野の専門家たちも、それぞれにほっとしているようだった。
銀次郎も伸びをして、肩と腕をこきこきと鳴らした。……ひさびさに銭湯にでも行きてえのにな、と思った。
――そして、だから。
ここで、おしまいのはずだった。
世間においてだってそんなに数がいるわけでもない超優秀なNeco専門家の銀次郎が、即材に対処したのだ。それも、自身の部屋のための、今回においては解決にあたっている事件にもおおいに関係のある、セキュリティについてだ。弟子たちの力も借りて。銀次郎一流のアイデアもふんだんに取り入れた。ぬかりはない。間違いはない。
そう、そのはずだったのだが――。
「……いや。おかしいっす」
みながリラックスを始めるなか。
木太が気がつき、ぼそりとつぶやくように――ただでさえ良いわけではない顔色をもっと悪くして、低い声で、言った。
「これ……まだ、盗聴されてますよ」
空気が、一瞬にして強張る――盗聴されていると最初に木太が発言したときよりも、もっと、ずっと、……不可解に、深く。
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