お友達ちゃん

「……そのことなんだけどねえ」


 素子に淹れてもらったルイボスティーをテーブルにことりと置いて言い出したのは、可那利亜だった。


「あたしが役に立てると思うわ。そのためにネネもあたしを呼んだんでしょう? これでもあたし、いろんな専門家とお友達なの。みんなに来てもらうことだって、できるのよ」

「お友達ねえ――」


 銀次郎は、鼻で笑った。

 この奏屋可那利亜というやつも、食えないやつだ。


「お友達よ?」


 可那利亜はにっこりと笑顔を向けてくる。その笑顔は美人に違いなく、曇りなく光っているのに、妙な圧がある。

 ……ほんとうに、食えないやつだ。


「冴木教授。彼女を呼んだときにも言ったが。実際、カナの人脈はたいしたものなんだよ……協力してもらうに越したことはないさ」

「そうよ、そうよお」


 なんでおめえが、そうよ、そうよおとか援護するように言うんだよと銀次郎は思いつつ――まあしょうがねえな、と頭を掻いた。


「協力するっつってもな。だれを呼ぶんだ。お友達をだれでも彼でも呼ばれちまっても、タダ飯を役にも立たねえやつに与えるわけにもいかねえよ」


 対策本部には素子の手配で、既に充分な食事が用意された。優秀者が食べるのに不足のないものだ――まさか食事目当てでやってくるような優秀者がいるとも思えないが、……銀次郎なりの、冗談、しかし牽制を込めた冗談だった。


「あらやだ。役に立つお友達ばっかりだわ」


 ますますにっこりと、可那利亜は微笑む。


「冴木先生も、そちらのお若い先生……依城先生も、言ってらっしゃったじゃないの。状況がわからない、夕方までどうすればいいかわからない、って」

「どうすればいいのかわからないとまでは言ってねえよ――」

「でも、コンテクスト的にはそういうことでしょう?」


 しなだれかかるかのような声色で、可那利亜はきっぱりと言う。


「だから、状況がわかるような専門家のお友達ちゃんたちを、あたしが呼んであげる。悪い話じゃないはずよ?」

「……専門家ったって、Necoの専門家が増えるわけじゃねえんだろ」


 銀次郎がいざというとき頼るのは、王の卒業生たちだ。

 もちろん、銀次郎もNecoの第一人者なのだからNecoに関しては顔が広い。権威ある教授も、第一線で活躍するシステムエンジニアも、さまざまな知り合いがいる。それぞれ優秀、あるいは超優秀な人間ばかりだ。


 しかし、銀次郎は個人的には彼が王と呼ぶ卒業生たちの能力こそを、信頼していた――彼らはまだ年若いゆえに銀次郎の知る同年代や年上の専門家たちほどには社会評価ポイントを、正確には実績によるオブジェクティブの社会評価ポイントを獲得できていないだろうが、しかし銀次郎にとってはそんなことはどうでもよかった。


 彼らの能力は、才能は間違いない。

 もちろんそれぞれに得手不得手もある。

 だが、得手がそれぞれ素晴らしいものだ。独自性もあり、重宝する。


 だからこそ今回のように緊急性の高い事件に際しても、王の彼らを呼ぶ。

 逆に言えばそれ以外のNecoの専門家は、銀次郎にとっては要らないのだ――数ばっかりいても邪魔になるというのが本音だし、年上だったり銀次郎よりも権威をもつ相手は、かえって扱いにくくて閉口する。


「もちろん、Necoの専門家じゃないわよお」


 銀次郎の思考をよそに、可那利亜はすぐにそう言った。


「Necoの専門家のみなさまは、ここにもう充分いらっしゃるのでしょう? だから、あたしが呼ぶのは、いろんな分野の専門家のみなさん」

「いろんな分野って、たとえばなんだよ」

「いやねえ、いろんなというのは、いろんなということなのよ?」

「……言葉のお遊びをしたいんじゃねえよ」

「まあまあ、冴木教授。……カナがいろんな分野といえば、いろんな分野なんだ。そこは彼女に任せてしまって間違いない」


 寧寧々が、たしなめにかかってきたが――。


「……ふん。どうだかな。おめえはそいつと友達だからそう言うだけなんじゃねえの」

「やあねえネネ、このひと怖いわ」

「……具体例を挙げろというならば、ネネはこれから物理学や応用数学など実際に公園事件の解決にあたっている分野の専門家は、間違いなく呼ぶだろう。あとはこの状況だと社会で起きうる事件について詳しい社会公務員か、世界を構築するという意味では哲学者か――」

「そうそう、さすがネネ、わかってるわね。……申し訳ないのだけれど冴木先生、あなたに説明しているよりもあたしが呼んでしまったほうが早いのよ?」


 可那利亜は、またしてもどこか妖しく微笑むと。

 そのまま――手にしていた小さなスマホ型デバイスを、耳に当てた。


「……社会評価ポイントの評価式について説明してくださったから、社会学者を呼ぶのもいいわね?」


 コール、と可那利亜がつぶやいたのは通話をするためのNecoコマンドだった――監視が停まっていても、基本的な機能は作動している。


「……もしもし? どうも、可那利亜ですー。お忙しいところごめんなさいね。お願いがあるのだけれど――」

「……勝手に、やりやがって」

「まあまあ、先生……実際、僕たちも助かるかもしれません」

「助かるって、依城、なにがだよ」

「なにがとは、いまはまだ具体的にはわかりませんが……」

「なんだよ、それは」

「……今回は大変不可解な事件ですから」


 寿仁亜は、穏やかに。

 あくまで穏やかに、言葉を続ける。


「いろんな分野の専門家の方々の力を合わせることで、なにか活路が見出せるかもしれません――実際、……来栖くんのプログラミングの続きが送られてくるまでは、僕たちにはどうにもしようがありませんし」

「……そりゃあ、そうだけどよお……」


 銀次郎は、またしても頭をくしゃりと掻いた。

 ……調子が、狂う。

 なんだって他の分野の専門家とおなじ空間に集まらなければならないのだ。


 Necoのことばかりやっていれば、解決できる事件ならば――こんなややこしくて面倒な話には、……ならなかったのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る