夕方まで、なにもできないのか

 しかしそれ以上のコメントは可那利亜からもそして寧寧々からも出てこず、社会評価ポイントの評価式についての話は、いったん落ち着いた。

 ……各々、温かい飲み物を口にしたり自身のデバイスを見たりする。


 流しっぱなしにしている公園事件のチャンネルのリポーターが告げる。

 六日目の昼間の、真剣に報道していたリポーターとは別人で、明け方のこんな時間には観ている人間も少ないとでも踏んでいるのか、それとももともとそういった性質たちなのか、真剣というよりはどこか愉快に思っているかのように、真面目な顔をしながらも話す。

 

「もうすぐ夜明けの時間ですが、事件には進展がありません……専門家たちが力を尽くしているということですが、はたして、今日も依然この事件は解決されないままなのでしょうか? 公園のなかに取り残された方々の命運はいかに?」

「……楽しんでんじゃねえよ」


 エンタメ化すんじゃねえ、と銀次郎は心のなかで吐き捨てた――これがまったく無関係の事件だったら、そこまで思うことは、なにもなかったのだけれども。

 エピソード化ができた。こいつ、社会評価ポイントをマイナスしてやろうかと思う――カジュアルにマイナスすることもできる。


 けれどまあ、逆恨みを進んで買う必要もない――だれがどんな評価をしたのかは、相手の他者確定申告結果リストに載ってしまうのだ。

 そうなると結果、翌年、相手から他者評価を下げられるという逆恨み的な事態にもつながる。

 非効率で、非合理だ。優秀者のするべき振る舞いではない、取るべき選択肢ではない――。


 新時代情報大学の対策本部は、オフィシャルには公開しない方針だ。

 対策本部を創る際、素子とも相談して決めた。


 他にも対策にあたっているという物理学やら応用数学やらのほうは知らないが、すくなくともNecoに関しては、関わっていると知られて何にも、いいことはない。

 ハッキングができてしまうからだ。クラッキングにもつながる。


 もちろん、オフィシャルで公開しなかったところで犯人が嗅ぎつけてきてハッキング行為をしてくる可能性は、まったく否定できないのだが――自ら、知られるリスクを冒す必要も、どこにも、なんにもない。


 犯人については、まだなんの手がかりもないが――。

 ……Necoで異次元空間を記述するほどの人物だ。

 そんな話は、銀次郎でさえ聞いたことがない。


 それはつまり――Neco言語で、世界をひとつ記述したうえで、……実際に成り立つように矛盾なく精緻につくり上げてしまった、ということなのだから。世界、ひとつを。

 物理法則からなにから、すべて。現実世界を参考にはしたかもしれないが、しかし、つまるところは最初から――いちから、世界をつくってしまったということなのだから。

 ……まるで世界を創造したとか言われていた、神とやらのように。


 ……難しい事件であるのは確かだ。いまさらながらに。

 もう少し苛々が進んだら、危なかったかもしれない。

 そのまま勢いで、そのリポーターにマイナス評価をつけてしまったかもしれない。


 だが、そうはならなかった。

 見槻が口を開き、空気が動いたからだ。


「――全然、来栖くんから新しいプログラム送られてこないっすねえ」


 評価式をめぐる話を聞いていたのかいないのか、パソコンの画面と睨めっこしていた見槻が両手を頭の後ろに回してつまらなそうに言った。隣に座っておなじくパソコンの画面を見ていた木太も、おなじくつまらなそうに指をこきこきと鳴らす。


 寿仁亜がぱっと反応する。


「そうか、報告ありがとう金出佐」

「さっき寿仁亜先輩がチェックしてくれたんっすよね。だったら俺が見ることなんてなんもないけどー。暇だったし、漫画読む感覚で来栖くんのプログラム読んでみたんすよ」

「漫画感覚で読めるものなの、Necoのプログラムって?」

「……や、漫画のほうが面白いですけどね、さすがに普通に」


 可那利亜の無邪気な反応に、見槻は微妙な反応を返し、すぐに寿仁亜のほうに向き直る。


「俺はチェック苦手っすけど、まあ読むくらいならできるじゃないですかー。で、読んだんですけど、とくに問題ないっていうか、まあマジで寿仁亜先輩の言った通りユニークだけどそりゃ動くなって。あと区切りがちょっとヘンっていうのもまあ、わかります」

「俺も同感です」


 木太も相槌を打った。


「でもそうすると俺らもしかして、夕方までやることないってことっすかね?」

「そうだね……」


 寿仁亜はあごに手を当てて、考え込んだ。

 より正確には、考え込む素振りを見せているのだ。

 寿仁亜は他人の目をいつも意識している――いつでも、他者に対して完璧に近く振舞えるように。


「やはり、気になるな……なぜ来栖くんは、こんな大変な事件に巻き込まれているのに、半端なところでぱたりとプログラミングを停めてしまったのか…………そもそも、事件を解決するためのプログラムとは……?」


 それは。

 銀次郎も、気になっていた。


 Necoで異次元空間の記述がされていることはわかった、春がそれに巻き込まれていることもわかった――だがしかし、つまり、どういうことなのだろうか?


「状況が……わからなすぎて……情報も、少なすぎますね」


 寿仁亜が言った、その言葉は。

 ……悔しいが、真実だった。


「夕方まで待つしかないのでしょうか……」


 ひとりごとめいた、寿仁亜のその言葉は。

 ……その実、自身に向けられているのだと、銀次郎にはわかった。


 ……夕方まで。

 じっとしているつもりなど、なかった。


 しかし実際――どうアクションを起こせばいいのか。

 超優秀者でNecoの第一人者の銀次郎は、……久方ぶりに、ほんとうの、ほんとうにほんとうの意味で、頭を悩ませていた。

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