可那利亜の反応、そして寧寧々の反応

「……まあ、こんなとこだな。なぜNecoの電源を落とせるのか、わかったんじゃねえか」

「ふむ……そうか……」


 寧寧々は腕を組んで、天井を見上げた。


「思っていた以上にNecoというのは深いんだな……私は生物学者だからな。他の分野にはあまり興味がないんだが……なにせNecoは毎日世話になってるツールだ。馴染みがあるぶん興味も持つことができて、思わず聞き入ってしまったよ。……社会評価式の話も含めて、興味深いお話だった」


 それは寧寧々の本心なのか、それとも、寧寧々なりの社会的にうまくやっていくための方便なのか。

 もともとNecoについてもそんなに興味がなさそうではあった。銀次郎の名前は知っていても、それ以上の興味関心を見せてはいなかった。

 なのに、いまNecoの話が面白かったなどと言うということは――かりにも、一時的であっても銀次郎たちと社会的な関係ができたからか。

 ……変なたとえをするならば、それこそ互いに他者確定申告の対象となったからか。


 実際、可那利亜はなにも言葉にしていない。

 もしかしたら本人のなかでは面白かったのかもしれない。

 いろいろコメントしていたくらいだ。そのコメントぶんくらいには、興味をそそったのかもしれない。


 けれど優秀者、とりわけ超優秀者がわざわざ、そんな他人を気遣うような感想を言う必要はないのだ。

 どこにもない。

 自分のなかだけにしまっておけばいい。

 自分が言いたくなったら、勝手に言えばいいだけの話で――他人を慮る必要など、どこにも、ほんとうにどこにもない。優秀者にとっては非効率で非合理で、優秀者らしくもない振る舞いなのだから。


 そういう意味では、優秀者のなかで寿仁亜や素子の振る舞いのほうがそもそも異質なのだが。


 ……寧寧々はぶっきらぼうに見えて案外、社会性が高いのかもしれない。

 それはどちらかというと、優秀者には珍しいことだ。


 意外と、もともとの性格がそちら寄りなのかもしれない。

 つまり他人がどうでもいいという顔をしながら、ほんとうはけっこう、気にしているほうなのかもしれない。


 銀次郎は穿ったが、勝手に穿ったところで、どうとなる話でもない。

 ……まあ、しかし、もし寧寧々が銀次郎の穿った通りの人間なのだとしたら。


 それは奇妙に自分に似ていると銀次郎は思った。

 ただし分岐点が決定的に異なる。

 寧寧々は他人のことを気にできる。

 銀次郎は他人のことに、気がつくことには気がつくのだが――その事実はいつも隠して、鈍く、……鈍く生きるようにしているから。優秀であればあるほどかくあるべしと――社会が、求めてくることともそれは合致するし、なによりも銀次郎は、……他人を気にしなくていいというのが、やはり、優秀者の特権だと思っているから。


 可那利亜は寧寧々の隣で、手のひらに収まるサイズのデバイスをいじっている。

 ときおりぶつぶつと、社会評価式の計算ってこういうことかしら、とか、じゃあけっきょくだれが評価しているの? とか、ひとりごとを言いながら。

 なにか調べものでもしているのかもしれないが、そちらをいじることに夢中だ。


 寧寧々は腕組みをほどき、銀次郎や寿仁亜や素子の顔をゆっくりと順番に見る。銀次郎は表情を変えず、対照的に寿仁亜と素子は社会的に良いとされる穏やかな微笑みを見せた。


「教えていただいて、感謝する。良い眠気覚ましにもなったよ……Necoの学校というのはいつもこういう話をしているんだな。ちょっと興味を持ったかもしれない」

「……そうかよ」


 銀次郎は、ごく簡潔に返した――寧寧々の他者への気配りが感じられる言葉など、なかったことにしたいとばかりの勢いで。


 ……やはり。

 寧寧々は、銀次郎の思った通りの、……性質をもつ人間なのかもしれない。


 だから、なにがどうというわけでは――もちろん、ないのだけれど。

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