GPP=Gross Personal Product:個人総生産

 銀次郎はボードに書いた社会評価ポイントの評価式を眺める。


「評価点を出したら、あとは経済点だ。これは旧時代でも使われていた“Gross Domestic Product”――GDP、国内総生産の発展形だ」


 正直なところ、GPPに関してはあまり語ることもない――それは、人工知能たちが、天から一方的に下してくるような価値だから。

 だが、それも含めて銀次郎はいつも説明している。社会評価ポイントの評価式を、知らない人間に説明するときには。



●GPP=Gross Personal Product:個人総生産


 個人が一定期間内に生産したモノやサービスの付加価値



「俗に言う評価点のほうは、年収や当該年の実績である程度推測もできる。だがGPP、俗に言う経済点のほうは、推測がだいぶ難しい――これは人工知能たちが話し合った上で、自身の人工知能圏の構成員に下すものだからだ」

「そんなに、不透明なものなのか」


 寧寧々の疑問に、寿仁亜が答える。


「実際、総生産の算出には不透明なところが多いです――この事情は、旧時代の文化をそのまま受け継いでしまっているのかもしれませんね」

「どういうことだ?」

「旧時代の国家も、GPPのもととなったGDP等の数値の具体的な算出方法は非公開にしているところが多かったんですよ。もちろん、このように算出するというおおまかな計算方法は公開されているのですが……。僕たちの暮らす、旧日本国もそうでした。人工知能の時代に変わっても、都合の良いところはそのまま権力システムに受け継がれました。……ですからいまでも公開せず、不透明なところが大きいのかもしれないですね」

「ちょっと、ぐるぐるした論理ねえ――けっきょく、都合が良いから現代の人工知能ちゃんたちもそうしているのか、現代の人工知能ちゃんたちがそうしているから都合が良いのか、って感じよねえ」

「そうなんです。……付加価値じたいは、新しく生み出した価値、ってことでもちろん定義はされていますし、具体例や、基本的な算出モデルについては開示はされているのですが。では具体的に、実際にどのように算出しているのかというのは、人工知能たちのみぞ知る――というところは、ありますね」

「なあんか、やあねえ、そんなわけわかんないもんであたしたちって評価されてるの? ちょっと気持ち悪くなってきたわー」

 

 可那利亜は腕を頭の後ろで組んで、ソファの背もたれにぼすんともたれかかった。


「そうは言っても、カナも毎年相当の社会評価ポイントをもらっているだろう。……発明品の付加価値も計り知れない。不都合は、ないんじゃないか?」

「そうねえ、毎晩毎晩ホストでぱーっと遊ぶのにも、もう充分ってほどいただいてますもの。でも、社会評価ポイントの内訳なんか自分で見たことないからあ……けっきょくあたしの社会評価ポイントって、収入のおかげなの? 実績のおかげなの? 他人からの評価のおかげなの? それとも、付加価値、とやらのおかげなのかしら?」

「ふむ……それに、収入と付加価値というのもまた異なるんだな」

「それは、どうやらけっこう区別をしているようです。収入は経済的価値そのものというよりは、同コミュニティのなかでどれだけ優秀かという指標で見ているらしいですね――収入の生み出した経済的効果というよりはむしろ、その額を偏差値のように見ているのかと」

「優秀、って言うからにはそのコミュニティのなかで優秀である必要がある、ということか」

「その通りです。――人工知能たちが優秀な人間が好きなのは、間違いありません」

「ああ、依城の言う通りだ。実際、専門性と社会評価ポイントはかなりきれいに比例しているというデータも出ている――専門性を高めれば高めるほど社会的な評価が高くなってるのは、間違いない。それに毎年、内訳はすべての人間に送られている」

「あまりにも自身での推測と乖離していれば、意義を唱えるシステムもいちおうあります。……まあ、人工知能が間違うはずがないので、これまで意義を唱えてきた例は少ないそうですが」

「でもさあ……自分がなんで優秀なのか、けっきょく自分がわからない、ってやっぱり気持ち悪くないかしら? 突き詰めると、だれが評価しているのかもちょっとわからなくなってきたわよ……そういうものなのかしら?」


 可那利亜は腕を組んで顔をしかめたが、同意する人間はほかにはいなかった。

 寧寧々が、まあまあカナ、となだめた程度だった。

 自分の優秀性の根拠。そんなものを、気にする必要はない――超優秀者であればとりわけ、そう考える。……自分の稼ぎがどうしてこの水準に設定されているのか、ありあまるほど稼いでいるのに考える必要は、ない。そんなひまがあったら、ひたすらに自分の専門性を高めたほうがよい――実際、それで毎年社会評価ポイントの数値は上昇し続けているのだから。


「あたし、次の社会評価ポイントの内訳はちゃんと見よっと。……あたしを評価してくれてるのっていったい、人工知能ちゃんなのか他人なのか客観的な収入なのか実績なのか」


 だから、ここではむしろ可那利亜のほうが少し変わっていると言えた。

 社会評価ポイントの算出根拠を、知ってみたいと――超優秀者であるのに、思うのだから。

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