SAP=Social Assessment Point:社会評価ポイント

 銀次郎は言う。


「……実際の計算がどうなってようと、実質的にだれから評価されていようと、社会評価ポイントは社会からの評価であるこた間違いねえんだ――評価式も定式化されている。……あとはそれに則っているだけだよ」


 銀次郎は、さきほど自分で書いた式を眺めた――。



(O+TS+PS-C)+PDD=SAP



「……まあ、そうね。ひとつひとつ説明されれば、式の意味もそうやって社会評価がなされていたのも、わかったわ」

「人工知能が評価と言うが――」


 寧寧々は、なにか考え込む顔になった。


「……人工知能というのは、実際、どのように判断しているんだろうな……」

「ああ? もういまの説明がすっこ抜けちまったのか。(O+TS+PS-C)+PDD=SAPだよ、決まった式に則ってるんだよ――」

「……いや。それは、わかった。だが、オブジェクティブやらサブジェクティブやら言い出して考案した高柱猫は――そもそも人工知能ではなく、人間だったはずだろう?」

「……だから、なんだってんだよ」

「人工知能が決定すると言うが――よくよく考えてみればそれは、どのような思考そして決定プロセスなのか……人間の判断と同等に考えてしまっても、いいものか」

「ネネ、そんなことどうでもいいじゃない。人工知能ちゃんは人工知能ちゃんよ」


 可那利亜は呆れたように言い、寿仁亜は微笑みとともに口を開く。


「……そうですね、おっしゃる通り、人工知能は人工知能です。複雑な機械的思考の果てに判断が出されます――人間にはもはや想像もつかないシステムを持ったツールであるのは、間違いないですね」

「いや、私が言いたいのは――」


 寧寧々はなにかを言いかけて、しかし、……口ごもった。


「……いや。いい。なんでもない。高柱猫の思考とNecoの思考は同等であるか、考えたんだが――無駄な思考だな」

「高柱猫の精神は間違いなくNecoに受け継がれていますよ」


 寿仁亜は言った。

 相変わらず穏やかに、しかし、きっぱりと。


「旧時代では、優秀と劣等という概念さえ曖昧でした……きちんと理論化されることもなく。しかし、歴史の話なんかつまらないかと思いますが、歴史的に見ても旧時代のずっとむかしからずっと、ずっと、人類はほんとうは気がついていました――優秀であることと劣等であることには決定的な差異があり、……互いに、それは感じ合うことのできるものだと」


 寿仁亜は穏やかな雰囲気を崩さない。この青年はずっと、いまより更に若かったころから、苛立ちもなにも見せない――それは圧倒的な余裕だった。……自身を疑うことのないタイプの王者の、崩されようもない自信だった。

 穏やかで、冷静で、社会的礼儀を欠かさない。


「……人類にはずっと、感性というものがあります。すばらしいものだと、僕は思います。ええ。ほんとうに、すばらしい――あくまで僕個人の考えですが、人類というのは真理を感じ取る感性があるんですね。……ただそれを厳密に精緻に理論化して、他人を説得して、体系化できる人間はそう多くはありません……そういう人間が偉人と呼ばれるのでしょうね、――高柱猫のように」


 寿仁亜は神に拝礼するかのように胸に手を当て、ゆっくりと、噛みしめるように、しゃべる。

 ……Necoに魅了された人間のひとりとして。


「……現在の社会をディストピアなどと称する識者もいますが、とんでもありません」


 しかしほんとうのところ、寿仁亜の語りは熱を帯びてきていると――この場でおそらく、銀次郎と、もしかしたら素子だけがわかっていた。


「社会評価ポイントは、高柱猫のつくった……とてもすばらしい、レガシーです」


 銀次郎は。

 なぜだかふと、風が吹くように、だれかの背中を思い出した。


 それは銀次郎に背を向けてきた人間たちの背中なのかもしれない。

 あるいは、銀次郎が背を向けてきた人間たちに対する銀次郎の背中なのかもしれない。



 社会評価ポイントはすばらしい。

 尊いものだ。守らないと。


 だって社会評価ポイントは、守ってくれる。

 自分を唾棄するかのように扱ってきたやつらから。


 数字をもって、根拠をもって。

 示せる。

 おまえよりも、自分が優れているんだと――。



 だれからの、反論も許さず、……この世で絶対的な人工知能の判断をもって、主張できる、いや――証明できる。



「……そうだな。依代の言った通りだ」



 だから、これでいいはずなのに。

 社会評価ポイントは、すばらしいものだと。……寿仁亜のように半ば陶酔して結論づけるのが、この世の優秀者としての常なのに。

 そして、実際。銀次郎自身も、社会評価ポイントの堂々とした効果を狙って優秀者になっていったのに――。



 いつも、苦みが残るのは――銀次郎の生い立ちが、そう優秀ではない者たちに囲まれていたものであったからだろうか。 

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