C=Critical (result):致命的(批判的)な結果

「オブジェクティブと、トータル・サブジェクティブと、スペシャル・サブジェクティブ。ここまで話してきたこの三つが、おもに評価という意味で重要な加点要素だ。ただ、ある程度以上に優秀な人間であればオブジェクティブでたいていのことは賄えるがな……ここから、クリティカルを除いた数値が、社会評価ポイントの『評価点』となる――プラス個人総生産を足すんだが、そっちは『経済点』と呼ばれている。社会評価ポイントは基本的には加点式のシステムだ……だが、評価点からクリティカルと呼ばれる要素を引く必要がある。……クリティカルの定義はこうだな」


 銀次郎は、ボードに書き出した。



●C=Critical (result):致命的(批判的)な結果


 社会的に致命的あるいは(過度に)批判的な結果を残した場合、リストの項目に基づいて社会評価ポイントをマイナスする



「リストの項目は無数にあるが、たとえば――」


例)犯罪、炎上、人工知能批判


 書きながら、銀次郎はしゃべり続ける。


「……まあ、一般にそれは悪いことだとされること、そしてそれ以上に他人の迷惑になること、他人の尊厳を侵すことは――たいてい、リストに当てはまると言っていい。……Neco圏では犯罪のなかでもとくに強姦なんかはマイナスが大きく設定されている。相手の身体を合意なく手段として扱うのは――高柱猫にとっては、ゆるしがたいことだったんだな。……強姦なんかしちまった日には、相当の社会評価ポイントが必要になるだろうよ。標準以下、いや、標準者でも――あっけなく、人間未満に堕ちるな」


 逆に言えば、優秀者であればどうにか人間未満堕ちはまぬがれる――だが、社会評価ポイントを一億も持っていないそのへんの普通の優秀者では難しいだろう。……銀次郎やここにいる人間ほどには、超優秀者でなければ。


 銀次郎の書き出した例に――犯罪、炎上、というところまではふうんという顔で聞いていた寧寧々と可那利亜が、やはり訝しげな顔をした。


「人工知能批判? そんなものもリストにあるのか……」

「私たちがNecoちゃんについていろいろ話しているのも、アウトになりかねないんじゃないの?」

「あくまでそれが『社会的に』致命的か、あるいは過度に批判的であるかどうかで決まる。社会のありかたを揺るがすレベルであれば該当する、と考えればいい」

「社会のありかたを揺るがすレベル、って言ったって……曖昧よねえ、そんなの」

「……実際、クリティカルについては明確な基準がこう、というのはないんですよ。倫理的基準に基づくのはたしかなのですが、人工知能――Neco圏であればもちろん、Necoのほうが決めることですからね。しかも、倫理的基準というのは人工知能会議を経て毎年変わっていきます。僕たち人間が、その基準や決定過程を詳細に追うことはできないんです」

「人工知能プログラマーであってもか? とくにNecoなど対話型というくらいなのだから、Necoの思考プロセスくらいは読めそうなものだと素人考えでは思うのだが――」


 あなたたちのような優秀な――という意味を込めるかのように、寧寧々はここにいるNecoの専門家ひとりひとりの顔を見渡していった。……Neco専門家たちの表情は、それぞれに微妙なものだった。


「……人工知能プログラマーというのはそもそも、人工知能とおしゃべりをするためにいるわけじゃねえんだ」


 銀次郎は、渋い表情で話し出す。


「人工知能は、特定の人工知能言語を読み取れるように創られている。Necoであれば当然Neco言語だな。Necoの理解できる言語であるNeco言語で、俺たち人間がわがNecoにわかるように、いわば、指示を出す。それを読み取らせる。……現代の人工知能にはたしかに独立して判断できる機能がある。だが、それは人工知能と人間の相互コミュニケーションを意味しねえ――ツールとして、人工知能言語を使える人間。それがNecoプログラマーってだけだ」

「じゃあ、そもそも、Necoちゃんの――対話型人工知能っていうのはなんなの?」

「Neco言語の特色がそう表現されているだけだ。Neco言語は、口語的なニュアンスのコードなんかもあって、話すようにプログラミングしやすいんだよ――Mother-BoardやRunaoなんかと比べりゃ、ずっとな。……そうだろ? アンジェリカ」

「うん、もちろん。Mother-Board言語は標準的。だれにでも扱いやすいように創られている。公用語のようなイメージがあるよ。でもそのぶん、無機質で、簡単な文法で創られている。普段使う言語のイメージとは、かけ離れています。ほんとうに、ツールといったイメージの言語なのね。Runao言語はとっても複雑。それじたいが、ひとつのアートみたいな言語。古代語をやるようなイメージで取りかからないと、なかなか習得できない……それと、美しくなくてはいけないから。Runaoのプログラマーは、自然とアートと隣接した分野の専門家が多いんだよ。……Neco圏に来てびっくりしたことのひとつは、たいして優秀でもないとされるひとびとが、対話型だから独自のセンスを生かしてできるよとか言ってNecoプログラミングに挑戦していること」

「まあ、アンジェリカの言ったことは間違ってねえ。付け足すなら、Neco言語は自由度が高いからな……その点は、世界的にも独自の特徴として注目されてんだよ」

「……なにか、新しい可能性を切り拓くかもしれないと。そのように言われていますよね――冴木先生」

「……まあ俺ぁ、そこまで思わねえがな。専門家として間違いなく言えるのは、Necoは口語に近いってことだけだよ」

「たとえば、ですが。形式の決まった書類よりも、日常の他愛ないおしゃべりのほうが、文法的にも言語的にも新しいものが生まれやすいものです――ほかの言語とNeco言語の関係性は、書類とおしゃべりにたとえることもできますね。……そういえば、先生」


 寿仁亜は、銀次郎のほうを見てきた――いつも通りにきらきらした、でも、どこか含みを持たせた笑顔で。


「……来栖くんは、おしゃべりするみたいにNecoプログラミングをするんでしたよね。それこそ、さきほどまで送られてきたプログラムも――口頭で構築しているとか。それは、……彼がNecoの特徴を存分に理解し発揮している――と、いうことになるのでしょうか」

「……知らねえよ。口語で、やっちまうなんてよ。理論上は可能だがよ、そんなん本気でやるバカを、俺ぁ来栖以外に見たことねえ」

「……バカ、かどうかは差し置いても。僕も、いまだかつて見たことがありません――みんなも、そうだよね?」


 寿仁亜の、にこやかな言葉に。

 見槻も木太もジェシカもそれぞれすこし鈍くうなずき、肯定を返した。


「……まあ、ともかくだ。クリティカルというのは、社会的に致命的あるいは過度に批判的な結果を残した場合、リストの項目に基づいて社会評価ポイントをマイナスされるってことだ――悪いことはしねえに限るが、……逆に言やまあ、そこまで払う覚悟があんなら悪いことのひとつかふたつは、できるだろうよ」

「……そうすよね」


 ここまで、ほとんど会話に参加してこなかった木太が――含みのあるじっとりとした笑顔で、この点にかんしては、同意を返してきた。

 ……木太ほどの超優秀者であれば、まあ強姦も一度くらいなら余裕でできるだろう。

 復讐のために、優秀になろうとするやつがいる――そして銀次郎はそれをさして、悪いことだとは思わない。……むしろ世の中はそうあるべきだとさえ、思う。

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