七日目、早朝、研究室
途切れるプログラミングに対して
対策本部が動き始めたのは、明け方。
設備も人員も、なにもかもを整えて。
さあ、これからやるぞ――とみなが意気込んでいたとき。
来栖春からのプログラミングが、途絶えた。
途絶える前に、メッセージを添えて――。
『すみません。ここからしばらくは、プログラムを送信できません。次に続きが送れるのは、夕方くらいになると思います』
「はあああっ?」
銀次郎は大声を上げたが、その声はもちろん、春には届かない。
『このメッセージがもし先生に届いていれば、僕は今日まで地道につくり続けてきた、ブラックボックスのようなゴミ箱を外へとコネクトするシステムを、今日の明け方で完成させられたことになります。ここからは、事件を解決するためのプログラムを構築します……必要であればこうして、モールシング変換でメッセージを残させて、いただきます』
残させて、いただきますと。
読点が入った――春は口頭でプログラミングをしているから、まるで実際に口でおしゃべりするみたいにリズムができたり、途切れたり、どもったりする。
『夕方、僕がもう一度コネクトできるまでは、僕の送るプログラムが作動できるか試していただけると助かります……それでは、時間がないので』
たしかに春の送ってきたプログラムはきりのいいところではあったが、まさかこのタイミングでプログラミングが中断されるとは思っていなかった一同は、唖然とした。
いまのいままで、銀次郎と王たちが束でかかっても解析の追いつかないスピード、……それこそ、口頭でしゃべるのとおなじスピードでプログラムが送られてきたというのに――。
プログラミング専用の、黒板のようなブラック一面の画面。
さきほどまでそこには、春の送ってきたNecoプログラミング言語がホワイトの文字で刻み込まれていったというのに。
本当に、唐突に、途絶えた。……まるでそんな印象を与える画面だけが、残される。
どんなにリロードを繰り返しても、春から送られてくるNecoプログラミング言語が更新されることはない。
「おい、来栖! おまえ、こっちはな、対応する準備をちょうど整えたとこなんだぞ、こんにゃろ! 夕方まで続きが送れないってどういうことだよ! 公園事件の解決は、一刻を争うんだぞ――!」
二十四時間放送している、公園前に密着した報道番組が大きなモニタで流れ続けている。
家族や友人が中にいるひとたちの、憔悴ぶり。さきほどは、一向に進展しない事件に対して、家族が公園の中にいる中年男性がしびれを切らせて調査中の物理学者たちに殴りかかる事件が起こった。殴りかかられた物理学者は別の畑にいる銀次郎でも名前を聞いたことがあるような超優秀者で、たまたまそばにいた警備員がすぐに止めに入ったからよかったものの、万一のことがあれば社会の大きな損失だった。
殴りかかった中年男性は、かっとなってしまい反省しているとの発言をすぐにしたらしいが――行為じたいは、社会から咎められるべきものだ。本人がある程度の優秀性を持っていればいいが、……そうでなければ、人権が危ういだろう。
……二次的事件ともいえる事件が、このままでは連鎖的に起きていくかもしれない。
相変わらず、物理学者や応用数学者たちも事件にあたってはいる。
銀次郎は春の連絡を受けていまや、公園事件はNecoプログラミングの範疇だと考えるようになったが――まだそれは銀次郎の一存であり、公に結論づいたわけではない。
寿仁亜などは、より多くの分野の専門家たちが連携して事件にあたるのはいいことだと思いますと言っていたが――Necoプログラミングを専門とする銀次郎としては、これはもう、……こっちの管轄だ、という想いが一層強くなっているのだった。
事件の解決のためにも。
春から送られてくるプログラムは、なによりも要になるのに――。
「おい、おい、来栖。来栖!」
叫べど、叫べど、応答はなく。
……新しいプログラムが送られてくることも、ない。
デジタル時計の示す時だけが、一秒、一秒と進んでいく。
「――あいつ、本当にプログラミングを止めやがった!」
銀次郎は苛立ちまかせに、拳を宙に暴力じみて振り下ろしたが――。
「……そもそも、先生」
苛立つ銀次郎に対して、穏やかに、あくまで余裕をもって真っ先に発言したのは――一番弟子、依城寿仁亜だった。
「彼――来栖くんはなぜ、ここにきてプログラミングを止めたんでしょう?」
「知らねえよ。俺が知りてえよ、んなこと」
「僕も、先生とまったく同感です。知りたいんです、なぜ彼がこんな――これからというときに、プログラミングを止めたのか。……そもそも彼は、ほんとうに、止めた――のでしょうか?」
「……あん? どういう意味だよ」
「彼は、もしかしたら、……止めなければならなかった、のではないでしょうか」
この場にいる全員が、手をあごに当てて品よく考え込む寿仁亜に注目していた。
「彼自身の本意ではなく――なにかしら、止めなければならない事情が彼にあったのではないでしょうか」
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