笑ってるのは、いつも、そっちだ
どうせ、どうにかなるわけがない。
さばき、とやらの流れは決定しているはずだ。
殴られて殴られて殴られたところで、僕の潔白が証明されるわけなどない――この世界は、そういう構造ではない。
僕が助かるように、できていない。化と真の創った世界は。
痛みは物理的なものだから、耐えればよかった。高校時代からずっとそうだった。いまは、ただただ、やるべきこと――プログラミングを構築することができない、そのことだけを気にしていればよいはずだった。……ただ、人間というのは、いや――僕は、そううまくできていないみたいだった。
ひとびとの憎悪を、軽蔑を感じる。感情を向けてくるだけではなく、直接的な痛みという方法で、それらの感情を伝えてくる。
ひたすらに、ただ、痛い――。
そんな時間が日没まで、つづいた。
いったい、時間に換算すると何時間なのだろう。早朝から夕方だから、軽く十時間くらいはいくのだろうか。
耐えることは、できた――できたけれども、不本意にも痛みで呼吸が荒くなっている。気を抜くと、ふっと気絶しそうになる、……彼らはそれを僕にゆるしてはくれないのだろうけれど。
夕暮れの紅色とともに、彼らは僕に暴力を向けるのをいったんやめる。……やっと。やっと、だ。
「――やはり、暴力によっても、さばきは彼の潔白を示しませんでした」
おのおの僕を殴った武器を手にしているひとびとの、僕をゆるさない――と言いたげな硬い表情。
「彼にはやはり、罪があるのでしょう――明日も明後日も、さばきはしますが」
どうせ、あいつが悪いんだ。
……ひとびとは、口々に言い合う。
痛みは、集中砲火のように浴びているときもつらいけれど、いったん与えられる時間が終わって全身に広がっていくときにも、つらい。
こんなに長時間殴られたのは、高校のときの修学旅行以来かもしれない。
ひとはこんなに、文字通りぼこぼこにされても、不思議とすぐには死なないものだ。死なないように、できている――そう思うと、拷問というのは非常によくできているなと、他人ごとみたいに思って自然と薄く笑ってしまった。極限状態の夕暮れで――。
「こいつ、笑ってやがるぞ。こんなに殴られて」
「あはは、おかしくなっちまったんじゃねえのか?」
「アザまみれになって、血だらけになって……汚いねえ、ああ、ばっちい、ばっちい」
「塩でも塗っとくといいんじゃないですかね?」
「あっ、ナイスアイディアですね!」
「そうしましょう、そうしましょう。司祭さま――お塩って、いただけますか?」
「はあい」
それはまるで、食卓で、……醤油取って、とでも言っているようなノリで。
司祭は両手の手のひらをおわんのように天に向ける。化と真は、この世界でいう神の力で影さんの手に塩を生成する。その手からはどんどんどんどん塩が湧き出てきて、さらさらさらと粉雪のように水晶の地面に落ちていく。
ひとびとは喜々として塩をたっぷり手にして、僕の、ただでさえ痛む傷口に塩を撒いて撒いて撒いていく。
「少しは反省しろ!」
「俺たちの生活をめちゃくちゃにしやがって」
「私の大事な人間が、し、死んでしまうことになって――」
「なんとひどいやつだ」
「みんなを返せよ!」
「俺たちを公園の外へ出せ!」
……そんなの、この世界の神とやらに頼まないと、無理なはずなんだけれどなあ。
「またこいつ笑ってやがるぞ」
「気持ち悪い――」
僕はもっともっともっと、塩を塗り込まれた。……いま、僕は笑っていたのだろうか。だとしたら、なんで笑ったのだろうか――高校時代の名残り、という説が、……自分のなかではいちばん大きいのだけれども。
けっきょく。
僕がすべての暴力からその日解放されたのは、……日が暮れて、水晶の広場が凍てつくほど寒くなる宵の時間帯だった。
今日、僕はこの寒い場所に残されるらしい。
司祭が優しく労わる声音で、ひとびとを案内していた。ひとびとには、あたたかい食事と寝床が神から与えられるらしい。
僕はしっかりと木に固定される。ロープで両手を縛られ、腰も柱にあたる木にぐるぐる巻きつけられる。
とことん殴られたせいで服としての役目をほとんど果たしていない、もはやボロ布と言ったほうがいいものだけを身にまとい、両手を固定されたから塩を塗られた傷口をかばうこともできず、足元から頭まで凍えて。
和気あいあいと、あたたかいところとやらに向かうひとびとが話している。
「いやあ、暴力など行使したのは久しぶりですよね。非常事態とはいえ、いい汗をかきました。やはり自分より劣等な――どころかこいつは罪人ですが、間違った人間には、暴力を振るうに限る」
「ほんとですねえ。ご存じですか? 旧時代には、相手がどんな人間であろうが暴力を向けることが一律に禁止されていたということ」
「ああ、聞いたことがあります。信じられない時代ですねえ。暴力は正しく使えば良いツールになるというのに」
「ほんとうに、おっしゃる通りです。あはは」
明暗。
向こうは、明るくて。
こっちは、暗い。
わかっているけど。そんなことは。……むかしから。
「……笑ってるのは」
僕は両腕を万歳するように固定されながら、気がついたらまた薄く笑っていた。
「いつも、そっちだ……」
……さあ。
高校時代の思い出なんかに囚われず、今晩もプログラムを構築しなければいけない――もはや余裕はまったくない。僕の見通しでは、一分一秒が、……分かれ目になる。
僕は、口を開く。
今宵も長い一日が――始まる。
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