六日目、某大学の食堂
できないことなんて、なにもない
ぴこぴこぴこぴこ。
可愛らしい電子音が響く。
お昼どき。
国立学府の学生食堂は豪華だ。言葉通り将来有望な若者たちのために、贅を尽くしたメニューが揃えられている。
国という単位は公式にはなくなったが、国立学府はそのまま残った。公的な金で、優秀な学生たちは贅沢な学生生活を楽しんでいる。
とはいえ、ここ第二食堂は、標準者の食堂といっても通用しそうなくらい、見た目は普通の学生食堂だった。白い天井、床、壁。白い長テーブル。
国立学府の学生のなかには、あまりに煌びやかな空間で食事を毎日することを嫌う者も多い。だからこういう普通っぽい食堂も揃えられている。もっともメニューはシンプルなようでいて、やはり、コストのかかる上質なものばかりだった。
ラーメン一筋で超優秀になったラーメン職人の手がける、国立学府スペシャルラーメン。
スープ以外きれいに食べたどんぶりの前で、国立学生の学生である彼は、ぴこぴこ、ぴこぴこと手のひらに収まる小さなサイズのゲームらしきマシンを操作しているのであった。
彼のもとに、定職のお盆を持った同年代の青年が、やってくる。
「化ちゃーん、なにしてんの?」
「あ。うん。おつかれ、さま」
彼は顔を上げると、にこり、と音のしそうな微笑みを見せた。
青年は彼の向かいの席に座る。彼はすぐに手元のマシンの操作に戻る。
「化ちゃん、最近そればっかやってるよね。なにそれ。ゲーム?」
「……ゲーム、みたいな、ものだよ。……うふふ」
「へー。化ちゃんがそんだけハマるなんてめっちゃ面白いゲームだよね。そんなに普段なにかに熱中しないじゃん」
「ふふ、そうでも、……ないよ、……ふふふ」
「マジよっぽど楽しいみたいねー」
そこにもうひとり、定職のお盆を手にした青年がやってくる。
その青年は、もとから来ていた青年の隣に座った。
「お疲れー。おっ、もうお揃いじゃん」
「あ。うん。おつかれ、さま」
「まだ化ちゃんと俺しかいねーよ」
「いやいやいやいや。だっていつも早く来たって、俺とおまえだけじゃん。まだ二コマ目やってんよ? 化ちゃんもいんの、珍しーって思って。っていうか、あれー、化ちゃんまたそれやってんの。ハマってるねえ」
「化ちゃんね、最近これやるために授業サボってるらしい」
「えっ、マジで?」
「うん。えへへ。でも、単位、最高評価になるようには、気をつけてるよ。効率、悪いから、そうじゃないと」
「かーっ、これだからデザインキッズの天才は違うねえ。俺も出生前に遺伝子いじられたかったわ」
「だいじょうぶ。だよ。やがて。みんな。……遺伝子くらい、いじれる、輝かしい未来が、社会が、くる」
「化ちゃんが言うと説得力あるー」
「そういや隣の研究室の新入生いんじゃん、あいつも遺伝子いじってんだって」
「マジ? 南美川ふたごの再来かよー」
「いやでもその新入生はね、ほんと生まれる前にちょっと遺伝子の配置を変えただけだって。だから高校までの学校の勉強が楽に学年トップってくらいしかメリットないって言ってた」
「半端ないじりかただなー。そこまですんなら化ちゃんたちくらい思い切ってデザインしてほしかったよな」
「うん、デザインキッズにしてほしかったって言ってた」
「いやでも、ほんと。いいよなー。デザインキッズって。化ちゃんはもちろんさ、真ちゃんも。めちゃ能力高いじゃん。ちょー優秀。もうスタート時点が違うってゆーか?」
「俺らなんて足元にも及ばないよね。せいぜい化ちゃんと真ちゃんに将来奴隷としてこき使われる立場にならないよう、社会さまに貢献し続けて頑張り続けるだけだわって感じだもんなー」
「いやいやほんと。いいよなー、天才ってほんと。おなじ国立学府の学生だからってさあ。やっぱりホンモノと俺らみたいなその、……ははっ、マガイモノとは、もともとがちげーなーって感じ?」
「うんうん。たぶん化ちゃんひとりでさ、俺らいちおう国立学府の超優秀見込みがある学生ったってさ、束になったってかなわねえよな」
「真ちゃんとふたりだったらもう世界を敵に回しても世界、かなわなそうじゃね?」
「言えてるー」
「ううん。そんなこと、ないよ」
青年ふたりの言葉に、彼はひとこと簡潔に、しかし穏やかな笑顔で返す。そのあいだも――ゲーム機のようなマシンの操作から、目を上げない。
「しっかし化ちゃんほんとそれハマってるよね。化ちゃんがハマるって、よっぽど面白いんじゃない? 俺もやってみたい」
「その、ごめんね、これ、非売品、だから。……あげられない」
「えー、借りるのもダメ?」
「ごめん、ね、……ダメ」
「あんだよー、俺たち友達じゃんかー」
「友達、だよ。ぼくたち、とっても、仲よしの、絆いっぱいの、親友。だよ」
「じゃあ借りるくらい、いいじゃんかよー」
「ねええさっきからなに勝手なこと言ってるのお。あたしたちがねええ、つくったんだからあ、それ」
「うわっ、真ちゃん」
俺もやってみたい、と言った青年はのけぞった。彼と同じラーメンの載ったお盆を手に、当たり前のように彼の隣に席に座った。
彼女は口を尖らせながら、のけぞった青年を睨みつける。
おい、ともうひとりの青年が肘で青年をつついた。やべえぞ、とでも言うかのごとく。
肘でつつかれた青年は、にへらっと、媚びるように笑った。
「いやごめんよ、冗談だってば、真ちゃん」
「ほんとお? ほんとに冗談なら、いいんだけどお」
彼女はパキンとライトメタル割り箸を割ると、いただきます、と手を合わせてラーメンを食べはじめた。上品に、ちまちま、少しずつ。
「この世にふたつしか、なーいの。あたしと化だけのものだもん。ほかのひとに、さわらせるわけ、ないでしょお」
「いやだから真ちゃん、ごめん、ごめんて」
「べつにいいよ、いいけどお」
青年ふたりは彼女の機嫌を取り続ける。目の前の定食が冷めていくというのに、手もつけずに。
彼はゲーム機に似たマシンをいじり続ける。
ぴこぴこぴこぴこ。
電子音が響く。
ごちそうさまでした、と彼女は手を合わせて昼食を終えた。
そして彼と同じマシンを取り出すと、おなじように操作しはじめる。
並んでいるとまるでふたりで携帯タイプのレトロゲームをプレイしているだけに見えた。
「真ちゃん。どう、だった?」
「うん、あのねえ化、どうしてもここがうまくいかないのお、どうすればいい?」
「ああこれはね真ちゃん。こうすれば……」
青年ふたりは、顔を見合わせた――どこか安堵したように。
自分たちが罰を受けなかったこと、容赦されたことを、喜ぶかのように。
第二食堂には大きなモニターがある。
チャンネルは食堂ごとに異なるが、第二食堂では国立学府の優秀な学生向けに、社会での出来事を放送している。
とある国立公園の前。紫色や水色の複雑な波形を見せる、虚無、という状態になった公園の入り口の前で、リポーターが真剣なようすで話している。
「海沿いにある国立公園の時空消失事件、通称、公園事件ですが、いまだなんらの進展を見せておりません。ただ虚無が広がるばかりです。いったいこれは何を意味しているのでしょうか。思い当たる各分野の専門家を総動員しても解決しない難事件。おそらくは物理次元的事故として、公的機関と連携の上、物理学者のチームが集中して調査に当たっていますが……」
――公園ごと消失してしまった家族や友人をもつひとびとが、警備員たちの持つ立ち入り禁止テープの前で、ピクニック用のシートなんかを敷いてぐったりと疲れきったようすで座り込んでいる。
「あー。この事件なー」
「なー。なんなんだろうな、ほんとなー、物理学やってる優秀な友達もチームの末端として駆り出されてるけど、わけわからんって言ってたわ。マジヤバいレベルの超優秀者の教授陣もお手上げ状態なんだと」
定食をやっと食べはじめながら、青年ふたりは雑談している。
そして、彼と彼女は、もう彼らのふたりきりの世界に入って。でもその視線は、そのゲーム機みたいなマシンに落とし続けて操作をとにかくとにかく続けたまま――。
「ねええ、化。世のなかのひとって、みんな馬鹿だよねえ」
「そうでもない、よ。真ちゃん。気をつけないと。ぼくたちは。……姉さんのために、ここまで、やってあげてるんだから」
「それも、そうだねえ……」
ふたりは言葉を交わし合う。
ぴこぴこ、ぴこぴこ。その音は、ふたつに増えている。
「やる、から、には。完璧、に。でも。……ふふ」
「無理だと、思うけどお」
「無理だと。思うよ、ね」
「あたしたちもう本気だもんねええ、化。そんなあたしたちが、いっしょに、がんばれば」
「仲よく。がんばれば。そうだね。真ちゃん。……できないことなんて、なにもないよ。そうだよね。そう、だよね。姉さん……ぼくの、ぼくたちの、だいすきな、姉さん……」
ぴこぴこぴこぴこ、と。
鳴り続ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます