猫よ(17) 公開処刑

 ……有名なのは。

 いや、ここまでの猫による判定のパフォーマンスも、有名なのだけれど。

 それ以上に、あきらかに、有名なのは。



 彼を犯した者たちの、いわゆる、公開処刑だ。



 彼らが人間ではない、ということが公的に承認されると、彼らは人権を剥奪された。それは、歴史上、人権が正当に剥奪されたという決定的なできごとだったのだという。

 それは猫の悲願でもあったのだろう。犯されてから、ほとんどまるまる二十年、つまり彼のその時点でのおよそ半分の時間を――猫は、もしかしたら、そのためだけに使ってきたのかもしれないのだから。



 まるでライブか演劇そのものの、大きな会場での判定会。

 そこで、人間ではない、ということがわかると、その時点でその場でほとんどその瞬間に、その存在は人権を剥奪されることになった。それは、まちがった、権利だったからだ。

 会場には政治家も多く控え、人権の剥奪は、当時はまだ国単位であったこのエリアのトップの公的な宣言をもってして、おこなわれた。


 その宣言がおこなわれているとき、人権剥奪が決まった彼らは絶叫のごとく主張したという。……とくに、主犯格の、当時まだ弁護士だった者の最後のあがきは、強烈だったから、……現代でも、有名になっている。


 国のトップは、その名と、彼が人権剥奪の第一号となり、その名は本日からもはや意味をなさなくなることを、告げた。

 しん、と静まりかえる舞台で――。


 違う。違うんだ。誤解だ。待ってください。待てって。待っててば! こんなこと、ありえないだろう。人権を剥奪する? ナンセンスだ! 憲法はどうした! 現代は法治国家の時代じゃないのか! 法律の解釈そのものを変える? でたらめだ! そんなことを簡単に決めていいものか! もういちど考えなおせ、考えなおせよ。おかしいでしょう! ねえみなさん、こんなのってないですよねえ。こんなことを認めたらこの社会はディストピアまっしぐらですよ? あなたたちはみずから自分たちの権利を捨てるというのですか! 考えなおしてください、ねえ考えなおしてくださいよ、総理大臣、あなたもどうか……どうしてあんなやつの言うことを真に受けるんです? 人間基準関数? それこそ、でたらめだ! どうしてあそこにいらっしゃる専門家のかたがたはこんなでたらめ、本気で信じるんですか。そんなの根拠にもなんにもならない! そもそも計算式も前提もおかしいんだから。そもそもですねえ法律において! 基本的人権というのは、守られている! それは私にだってそうでしょう、ねえ!

 ねえだってそもそもそれに考えてみてもくださいよ? そもそも、……あいつが、高柱猫さんが、嘘をついている可能性は考えませんか。僕たちたしかに大学時代、いっしょに旅行に行きました! だって当時は、仲がよかったですからね、ええ、当時は。でもそこでなにがあったかなんて、ほんとうはだれにも証明できないはずだ! 監視カメラでもあったっていうんですか? だれかが見ていてそれを証拠として残していたんですか? そうでもなければ、でたらめだ! 状況証拠未満の話だ、あいつが自分でそう言っているだけかもしれない。嘘をついているのかもしれない! それにですねえ、そもそも、じゃあ、なんですか、仮に、ほんとうに仮にですけども、……私たちが学生時代にあいつを、そうした、……ちょっと手を出したからって、なんだっていうんです。

 人間は間違える生き物ですよ! 私だって、反省くらいしている。だからまとまった額の慰謝料を払ってもいいと言ったし、頭を下げる準備も覚悟もしている! ほんとうはそれだけのことでおかしいとは思いますけどね。そんなんみなさん若いころならあるでしょう? 青い過ちの、ひとつやふたつくらい。でもそれをねえ被害者であると主張する高柱猫さんがひどいひどいと主張するからこちらは、きちんと対応しようと思ったんですよ、ええこれはさまざまなケースから鑑みて大変レアなケースですよ、私だって弁護士の端くれですからね、わかります! そのことにどんだけの意味があるか、わかりますか? ねえ賢明なみなさんなら、わかりますよねえ。

 若いころの、いちどの過ちさえ許されないのか――!



 しかし、数あるデータとエピソード、そこにいる専門家や政治家による承認、その場に観客というかたちで存在している社会のひとびと、そしてなにより、もはや高柱猫によってできあがり、実際にはじまってしまった社会システムが、彼らをもう、社会において、人間でいさせてはくれないのだった。


 いっかい決まってしまったらもうそれは駄目だ。どうしたって、逃れられない。それまではいちおうは最低限人間として扱われていて、だから椅子にただ座ればよかったところを、人権が剥奪されてしまえば、もう、そこに勝手に座る権利さえ、ないのだった。

 ……宣言がされた瞬間、椅子からは拘束具が飛び出て、その腕を足を、がっちりと拘束する。つやつやと黒光りする、けっしてもう外せない枷によって――。


 ……そうやって、その人間の人権が、正式に剥奪されると。

 猫は、歓喜の声をあげたという。いつも冷静沈着で穏やかでだれにでも優しい態度を見せ、癒しで救いである彼が、理性よりも感情を優先させて全力で喜び叫ぶことは、ひとびとの冷めた感情よりはむしろ、トータルで見ればほろりと泣いてしまうような感動を与えたのだという。


 猫は髪をほとんど振り乱しながら、たったいま人権を剥奪されたばかりの、人間未満に、近づいた。人間未満はまだ喚いたり叫んだりなにかを主張していた。そして猫はそっとその手を伸ばして――そう、伸ばして、……そして。

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