猫よ(16) 人間であるかどうか判定する舞台

 人間基準関数によって、論理的にも、そして政治的にも、さらに社会的にも、「人間」の定義を変えることに成功した猫が、まずおこなったことは。

 彼を犯した彼らの、断罪、そして公開処刑だった。


 彼らは国立学府に入学したくらいだから、若いころは優秀だった。それこそ、高柱猫とともに学んでいた若者たちだったのだから。実際、優秀とされる職業についたり、研究生からそのまま研究職に就いたり、悪くない、そうけっして悪くないその後を過ごしていた者たちばかりだった。場合によっては結婚などで家庭をもち、子どももいたりして、当時のまだ伝統的価値観の残っていた社会では、いちおうは立派な一人前の社会人とみなされていた。全員が、だ。

 しかし猫とおなじく四十歳を迎えるころになると、彼らの能力や地位は、ぱっとしないものになっていた。優秀でなくなったわけではないのだろう。しかし、彼らはあまりにも、あまりにも目立ちすぎてしまった。猫によって、もちろん、悪い意味で。その、実質的には公的な社会への訴えによって――そのせいでたとえば弁護士になっていた主犯格は仕事が減り、そのことを当然のごとく隠して結婚した配偶者には、愛想を尽かされたという。ほかの者たちも、似たりよったりだった。その家族や配偶者は、愛想を尽かすような者ばかりではなくて、味方になる場合もあったらしいけれど――とにかく仕事に影響が出たらしい。当時はただでさえ、コミュニケーション能力の特化と、そしてなによりクリーンな経歴と人柄が求められていた時代だ。いくら人柄で取り繕っても、……同級生に集団で襲いかかったという、そんな汚れた経歴は、彼らの仕事において悪影響を及ぼすに、充分すぎるほど充分なことだったのだろう。


 だから彼らはその事実が明るみになって、もうだいぶ経った、四十歳を迎えるころには、すっかり、公私ともにくたびれていたのだという。



 人間基準関数の公的な承認と確立を得るなり、猫は彼らを公の舞台に連れてきた。それまでは猫のその問題は、社会問題となってほとんど公的なものだったとはいえ、突き詰めればまだまだ私的な領域のものだった。それがはじめて公的なものとなったのだ。

 人間か人間でないか、判定する――。

 ……その判定をおこなうありさまは、有名だ。


 猫がずっとアイドルとして立ってきた、ライブや演劇のようなステージのかたちを借りた、人間基準を判定するための新しい舞台で。三階部分まである巨大な観客席、毎回すべて埋まってしまって売り切れ御礼の、そんな場で。

 舞台上には、フル稼働し続けるクリアなモニター、立体投影装置、当時はまだ新しかったフルアクセス・プロジェクター。むかしながらの木でできた長椅子には、何人もの専門家がずらりと座った。みな優秀で、そして、猫のもとで動く者たちだけだった。

 そんな、舞台で。

 真ん中の椅子に人間基準判定者、つまり猫を犯した彼らを、ひとりひとり、あくまでも一回にひとり、じわじわと、炙り殺すかのように、毎回毎回座らせ、そのまわりで猫はちょろちょろと動き回り、膨大なデータと根拠と説明をプレゼンテーションしていき、ときには証言を求め、すこしずつ、すこしずつ、……真綿でその首を絞めるかのように、彼らひとりひとりが、人間ではないことを、証明していった。


『だれかが、言ったよ。アイドルのころの猫さんとおんなじように、かわいらしく歩くんですね、って。僕はちょっと殺意を覚えたけど、機嫌がよかったから、許してやったんだ』


 ……猫は、たしか、どこかの手記でそんなように、書いていた。



 猫はひとりひとりを指さすように、きっと証明していったのだろう。彼らが、……人間という名には、そもそも値しなかったのだということを。


『人間ではない。あいつらは。あいつも。こいつも。どいつも!』



 そしてそのことは、客観的なデータ、優秀な専門家たちによる承認、専門性をかならずしももたない観客にも充分納得できる理由と説明、人間判定をおこなわれている当事者の証言、態度、そして猫の説得力のある話……そういったものごとによって、証明されていったのだった。

 ……ひとりひとり、社会的に。証明、されたのだった。



 いまでは、だれかを劣等者として認定するために、そこまで大々的にパフォーマンス的なことは行われない。けれど、いまの判定のプロセスは、たしかにこの最初期の、高柱猫本人によるじきじきのイベント的公開判定のそのやりかたを、そのままそっくり受け継いだものであることは、たしかに、この社会のほとんどみなが知っていることだろう、と、……思う。

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