グループメッセンジャー
僕は、そのじつ、ぼろぼろだった。
自分では、自分が滑稽だとか哀れだとか、いろんな思考をしていたつもりだったけれど、そういうのももう、……ほんとうは、冷静さを欠いていたんだろう。
蹴られて殴られてぼろぼろだった。
裸にされて笑われてぼろぼろだった。
プールで遊ばれて授業中正座してぼろぼろだった。
それは、尊厳の剥がれる日々。
一枚一枚、薄皮を剥がれるように。
ぺりぺり。
ぺりぺりと。
それだけでも、もう駄目だと、いうのに。
僕のそういうようすはさらに、……彼女たちによって、エンターテインメント・
コンテンツになる。ありがたいことにだよ、ああ、ほんとうに、……ありがたいことに。
帰宅してからも気は休まらない。
研究者志望クラスのグループメッセンジャー。
クラス全員が参加しており、僕も強制的に参加させられている。もちろん、和気あいあいと仲よくするためでも、クラスの情報を共有するためでもない、もちろん。
僕のそういう惨めな様子がクラス全員にまるで公のように共有されるようすを、見ていなければいけないのだ。そういう義務が課されたのだ、僕には。
家族に、見られたくないだろ?
そう言われて、脅された。
いちいち、いちいち。……僕の惨めなすがたを。
それらを記録したファイルを、見せながら。
……だから、いやなのに、ほんとうにいやなのに。
家に帰ってからも。どこよりも安心だったはずの、自分の部屋でも。
僕は、充血するのではないかというほど目を見開いて、いつでもスマホデバイスに張りついてなければいけない――。
……僕を晒しものにする、その方法は。
動画がメインだったけれども、ほかの媒体によっても、たとえばテキストや音声や画像や、そういうもので僕は馬鹿にされ続けた。
彼らの高度な勉強のおともに、まるで酒のつまみみたいに、とことん、とことん、共有された。
そうだそのなかには、僕に対して今日の授業の範囲を訊いてくる、だなんてことも含まれたんだっけ。僕が理解できていないということがわかっていて訊いてくるのだ、これだって、もちろん。だから僕は当然答えられない。答えられないと、彼らは、南美川さんはますます僕を馬鹿にする。悔しくて、ほんとうは腸が煮えくりかえる思いで――でも、でも、どうやっても僕には彼らの理解できるレベルの勉学が理解できなかったのだから、……ある意味では、彼らの、南美川さんの言うことは、正当なんだって、いつしか諦めていた。
流れゆくグループメッセンジャー。
他愛ない話や雑談の狭間に、まるで自然なことのごとく、僕を辱しめる内容が含まれる。
いや、じっさい自然なのだ。だって――僕はたしかに彼らの言う通り、彼らにとっては、……劣等者なのだから。
そういうのをずっと見ているのだ。
じっと。
電気を消した、自分の部屋で。
家族にさえも自分が寝たのかどうか悟らせないまま――。
……家族には、知られたくない、から。
相変わらず僕が研究者志望クラスでがんばっているのだと思っているだろう、から――。
……いや。いまでも、ある意味がんばっているのか、僕は。
あのクラスでは、人間未満であることを。
だとしたらその努力はほんとうに滑稽で惨めでピエロで、無駄で報われなくて無価値で死にたくなるようなことで、そんなことを思っていればやがて、……乾いた苦笑が、出てくるのだ、いつものように。
僕は、勉強机の椅子に、あるいは、ベッドに腰かけて。
暗い部屋で、こうこうと光る、スマホデバイスを手にして。
……ただ、片手にして。
自分が辱しめられていること以外、たぶんなにも考えていなかった。いや、もう、考えることができなかった。たぶん自分がいまうつろで、人間的ではないのだろうなと頭でぼんやり考えても――心は、ついてこない。
人間的な心は、……ついてこない。
僕の心は。
それだけ、鈍感になってしまっていた。
繰り返される繰り返される、流れゆく、僕を辱しめるグループメッセンジャー。
僕は――どうすればいい?
自分の、いじめられている動画、自分を、馬鹿にするテキスト、自分の、懇願するような音声、自分の、裸あるいはそれよりも惨めなすがたをした画像や、そういうのが、日常として流れていく、そんな、そんなスマホの小さな世界を見ながら、
僕は――だって心を鈍くするほか、人間的でなくなるほか、……いったい、なにができたというのだろう?
――家族に、見られたくないだろ?
そうだ、そんなの、もちろんだ。
……そう、家族には、知られたくない。
家族の前では――人間でいたい、……こんな僕だって。
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