授業中の正座
あと、あと、授業中に正座させられた。
それはもう、ふつうといえばふつうのことだったのだけれど――毎日のこととなれば、やっぱり、応えるわけで。
僕はいつも、授業中。
見た目だけはたぶん神妙に、硬直して、置物みたいに正座をする。
劣等者の、正当な行為として。
風景。
それは、教室の後ろから見る景色。
クラスメイトたちの、おのおの工夫してアレンジされた制服の、色とりどりの、その背中。ときにぴんと真っ直ぐ伸び、ときに集中しては曲がり。
学習用タブレットはもちろん、非デジタル式の筆記用具やさまざまなグッズさえも、おのおののこだわりに合わせて、用いられている。
授業中。
優秀なクラス相手だから、教えるほうも必死だ。気迫さえ感じられる。
そしてそれについていく、どころか、かろやかに挙手をしては、教師を驚かせるような発言や、教師が考え込んでしまってその場で答えられない質問をするのだ。このクラスのひとびとは。
南美川さんはよく教師をからかうように手を挙げて、発言した。でもただからかっているだけではないのだった。その発言は的を射ているのであった。だから教師も真剣に向き合うし、本気で驚いている。そのことが、見ているこっちも手に取るようにわかる。
いっぽうで、質問をよくするのは、峰岸くんだった。優秀なこのクラスでもいちばんの優秀――彼の問いかけは、それだけで、なにか神々しいもののようにこのクラスでは扱われていた。じっさい、教師たちは教科にかかわらず口を揃えて、かえってこちらが勉強になる、みたいなことを言うのだった。
もちろん、南美川さんと峰岸くんだけではない。ほかのクラスメイトたちも、ついていき、食らいつき、みずからの疑問を知的好奇心を知的探究心をあるいは未来をもっと言えば、未来の優秀性を満たそうと、必死で真剣そのものだ。
優秀者たちが、優秀になっていく過程――。
そんななかで、僕はただ正座をしているのだった。
ほかのクラスメイトたちは、そうやって、輝かしく、未来に向けて勉強しているのに、僕は、もはや筆記用具を握ることもなく、早くこの時間が過ぎ去ればいいと思って、慣れてはきたけど、でも慣れても慣れても足の痺れて痛い、そんな正座を、しているのだった。
……滑稽だよな。
自分自身を嘲笑ってやり過ごそうとするのにも、もう、……飽いたほど。
授業を聞く権利はかろうじてある、らしい。僕にも。
だから耳に入ってはくる。
でも理解はできないのだった。
クラスメイトたちが、うなずき、発言し、質問し、ときには息をのむようにして驚き、ときには和やかな雰囲気になって笑いあう、ときにはみずからの疑問が解消されきれずに噛みつく――そういったつまり、……理解しているからこそ、の反応を、僕は、僕は、……いつも遠いものとして、見なければいけなかった。
自分を笑う心の声さえも、乾いて、張りつく。
ぱりぱりだ、……ぱりぱりに。
優秀者というのはそういうものなのだ。
こんなわけのわからない話を理解して、じっさいに自分のものにしている。
それがとっても高度だってことくらいは僕にもわかるさ。
でも、そこまでだよ。そこまでなんだよ。
どうがんばっても理解できない。
今日こそは、明日こそは、もしかしたら理解できる。もしかしたら、優秀者の一員に、加えてもらえる――そんな夢想が、妄想なんだとわかって、やがて自分を慰めるよりも、もしかしたらずっと滑稽で哀れなんじゃないかって、だんだん、だんだん、……わかってくる日々。
そうやって、……見た目だけはたぶん神妙に、硬直して、置物みたいに正座をする。
そんなどうにもしようがない僕のかたわらに、申し訳程度に置かれたのは。
最低限の人権として確保された、学習用のタブレット――その外装も中身も真っ白の、申し訳ない、……かわいそうな、タブレット。
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