プール

 それと、学校のプールに呼び出された日もあった。

 何回か、あった。

 そういうときに限って、けっして暑くはない日なんだ。雲っていたりもするんだ。場合によっては、小雨なんか降っているときも。なにが言いたいかって、……けっして、冷たい水が心地よく感じられるような日ではなかった、ってことだよ。



 僕は、服をやはりすべて脱がされて、プールのふちに立たされたまま。

 南美川さんたちがまるでリゾート地の浜辺にでもいるかのように、優雅に座椅子を広げて、楽しそうにジュースやお菓子をつまんでいた。ホームパーティー、って感じだった。

 もちろん、それをだれも咎めに来ない、もちろん。優秀者の集団は、その集団のなかで、権利がある。プールをちょっと使いたいだなんて、……彼女たちにとっては、簡単すぎる要求だったろう。


 そんななかで、僕は待つ。

 ひたすらに、待つ。

 なにかが起こるのを、命令を。……こんな時間は早く終わってほしい。でも、言われたことをこなさなければ、この時間は終わらない。そして言われたことをこなすには、当たり前だけれど、なにかを言われなければならないわけで――その恐怖と不安と理不尽と。でも、……劣等者の立場では、あがくこともできない。


 僕も、おなかがすいた。

 そのジュースとお菓子のひとつまみでも食べる権利があったなら、……よかったんだけれどな。



 やがて。

 ひととおりパーティーのはじまりを楽しむと、南美川さんを先頭に、クラスメイトたちがこっちに来て。

 言うのだ、その日の命令を、僕に与えるのだ。それに対して僕は、……従うしかない。それが、どんなに馬鹿げていて、場合によっては、危険とも思える命令であっても。


 南美川さんは。

 いつも、命令を口ずさむように言ったあと、なぜか目を猫のように見開いて、凶暴な顔になって、いままで話をしていたのに、唐突に、僕をプールに、突き落とすのが好きみたいだった。

 ぐらっ、と揺れる景色、世界。

 南美川さんがまた、口もとで笑った、かと思うと――ふらりと重力が僕を引っ張り、容赦なく、冷たい水のなかにいざなう。


 ばしゃん、と水に背中がふれた、……けっこう痛い、かと思うと。

 そんな痛みはすぐに問題にならなくなるくらい、呼吸の、問題がくる。

 僕は、よく水を飲んでしまった。泳ぐのは、もともと得意ではない、というのもあるけれど。やっぱり、唐突に突き落とされたら、かまえができないものだ。息を吸って吐くのと、水がまわりにあることが、うまく対応できなくて、呼吸じたいが、うまくいかないのだ。

 ……苦しいものだ。


 そして、どうにか水面に顔を出すと。

 南美川さんはよくカラフルなボールを投げた。

 そのボールを、取ってこいという。それだけだったら、あるいは、小学校のプールの授業でも似たようなことをやるのかもしれない。子どもたちが、きゃっきゃっと。


 ……でも、いまの僕にとっては苦行でしかない。

 冷たい水に、裸の身体。

 それに――南美川さんはボールを持ってくるとき、……ただ持ってくればいいだなんて、そうするわけ、ないのだから。



「シュン! 手を使っちゃ駄目よ。口でくわえて持ってきなさい」

「ただ持ってくるだけじゃ、芸がないでしょう? ねえ、どうしたらちょっとはおもしろくなると思う? ……こうすればおもしろくなりますって、ほら、身体で示せよ。なんか芸とか持ってないの? 一発芸とか! ……ねーえ、わたしたちをあんまり、白けさせないでくれる? なんのためにアンタをわざわざ呼びつけてると思うのよ――って、あっ、……あははっ、シュンなあにそのポーズ、おかしい、――えーっ、めっちゃ笑えるわね! そうよねみんな、ねえそうよねえ! あは、あはははは、……やっぱり劣等者って人間やめてるのね! おかしい、おかしい……ねえ記念撮影しよ?」

「あはは、落としちゃったの? あはは、……あはははっ、じゃあねえ、ボール十個追加! これ全部回収するまで、プールからあがれないんだからねー!」


 ……水から、あがりたい。

 もう身体が冷たい、ふやけている。あたたかいところで、身体を乾かしたい。

 とにかく。とにかく。休みたい……。



 心から、そう願ったところで。

 その願いは、許されない。



 僕は、劣等者だから。

 冷たい水のなかで――酷使され続けるしか、ないんだって。

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