掃除用具
……掃除用具のことは、正直、思い出したくもないのだけれど。
要は、あるじゃないか、ほら、各教室の後ろのほうに、掃除用具。現代においても伝統的にほとんどの教室にそれらは設置してあって、この高校の研究者志望クラスにおいても、それは例外ではなかった。
現代の技術を考えるならば、もちろんそんなものはいらない。すべて、掃除プログラムや、少し古いが掃除ロボットが、おこなうはずだからだ。
それなのになぜ設置し続けるかというと――いざ教室から劣等者が出てしまったときに、懲罰的に、……古臭く効率の悪すぎる掃除用具でひたすら教室をきれいにさせることで、自分が劣等であることを、身に沁みてわからせるためだ、という。
だから、この高校でも、研究者志望クラスという優秀者のクラスに、それらがあるのは、ある意味では当然のことだったのだ。
ひとひとりはすっぽり収まるほどの、背の高い、ロッカー。
……嘘みたいにアナログな、ほうき、ちりとり、雑巾、掃除機。
……僕は、よく、そこを強制的に開けさせられて。
ほうきだの、ちりとりだの、場合によっては雑巾だの掃除機までも、自分で選ばされて。
それで、辱しめを受けるのだ。
自分の選んだ道具で、自分の身体にあんなものを、……あんなものを、あんなふうに――。
言葉にもしたくないような、そんな――こんなことならいっそ男性に生まれなくてもよかったのかもしれない、なんて、たとえ女性に生まれたとしたって、おんなじことを思ったであろう、……そういうことを。
辱しめられているあいだ。
……将来、身体の性転換手術でもしようかな。
冗談のように、そう思ったりもした。
現代の技術であれば、おとなになればなるほど費用はかかるが、身体の性別というのは正当な理由があれば簡単に変えることができる。つまり、社会人になって、……社会人になれるかは、わからないけれど、とにかくお金を自分で稼げるようになれば――そうするのもありなのかもしれない、だなんて。
冗談のように。
夢想のように。
僕の性自認は男性だから、女性になりたくなったわけではないし、そもそも僕のこの思考は、ごまかしだ。
僕は、もう、たぶん、……この身体を、もっていたくなかったのだ。
この身体で、生き続けることじたいが、絶望だった。
べつの身体になりたかった。
そのためならば、女性の身体でも、別人の身体でも、少し乱暴に言ってしまえばなんでもよかったんだと思う。
……そのための、自分の知ってるもっとも手近な範囲で、身体の性転換手術のことを思い浮かべたというだけで。
こんな辱しめを受けた身体はどこかにやってしまいたかった。
気持ち悪いと言われ続けて、気持ち悪いと自分でもわかってしまった身体でもある。
……捨てたかった。
どこかに、ぽいって。簡単に。……粗大ゴミのように、捨てられてしまえば簡単なのに。
自分の、身体を――。
……思えば、そう思いはじめたあたり、だったかな。
死にたい、と思いはじめた。
僕の身体にも、僕自身にも。まっとうな価値はない。
だったら――家族に迷惑をかける前に、みずから劣等であることを自覚したということで、公に申し出て、……僕を廃棄処分してもらったほうがいいんじゃないかな、って。
自殺よりは、よっぽど、まっとうで社会的な死にかたなのだし――。
死にたいなあ。
ああ、死にたいなあ。
身体じゅうのあちこちに、ほんらいは入れられるはずではないものなんかを、なんども、なんども、おもしろがってそういうことをされては――僕はやがて、……鈍った心で、それを、その言葉だけを、……おまじないのように繰り返すように、なっていった。
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