ゆるしのフェーズ

 ちょうちんの色は、赤、橙、黄、黄緑、緑、ときている。とくれば、残りふたつのちょうちんの色も、これまでのパターン通り青と藍になるのだろう。

 加えて、ふたり組をつくるゲーム。それは、つまり――。



「来栖さーん!」



 向こうから、手を振ってこちらに駆けてくるのは――葉隠さんだった。

 地面の、つるつるとした表面で、なんどか転びそうになりながらも、僕の隣にやってきた。そんなに体力がないゆえか、膝に両手をやって、荒く呼吸をしていた。でもそれも一瞬のことで、やがて、すぐに、顔を上げたのだった。僕を、まっすぐと見てくる――乱れてしまった髪の毛が、目立つ。



「……あの、葉隠さん、僕は。僕たちは」

「ああ、ええよ、ええ、いまそういうん、ええわ」



 言いかけた僕を、葉隠さんは片手で制した。さきほど、いくらなんでもあまりにも自己中心的に、身勝手に、唐突に逃げてしまったこと。言いわけと取られても仕方がないけれど、とりあえず説明はしないとと思って、気がつけば口を開いていたわけだが――葉隠さんはそういうのも、すべてお見通しだったというわけなのだろうか。



「あとで聞く。いまは時間がないんよ。やから、結論から単刀直入に言うね。……来栖さん、私を許して」



 葉隠さんは、まっすぐ両手を差し出してきていた。

 僕は思わずその両手をじっと見てしまう、……やけに白い手だ。



 その下でさらに南美川さんが僕をじっと見上げている――僕はその視線から逃れるように、地面のどこでもない水晶を見下ろした、……輝いている。



「……許して、って、その?」

「いまは来栖さんはね、許すよ、ってだけ言ってくれはったら、ええの」

「でも。いや。……でも。なにもわからずに、なにかわからないことを許すというのは、さすがに」

「生真面目やなあ……」


 葉隠さんは、ため息をついた。でもその手を引っ込めるようすはない――。


「そういうフェーズなんよ。いまは。許し合わんと、いけないの。ふたりひと組、ペアになって」

「……ペア、って。その、さっきも南美川さんからもすこし聞いたんですけど、ふたりひと組ゲームとか……いったいなにが起こってるんですか?」

「ゆるしのサクリィ、とやらのゲームよ。……いやしのサクリィからこぼれ落ちたひとらは、今度は、ゆるしのサクリィの対象になったんよ。このサクリィでもこぼれてしもうたら、さらに、さばきのサクリィの対象になる。……それはどうやらやばそうやのね」



 さばきのサクリィ――いったい、なにが起こるのか。……知らないけれど、もちろんけっして油断はできなさそうな。



「つまり、……さっきの、池に突き落としたり、突き落とさなかったり、そういうひとたちはいったん、こう、なんだろう、……免除されて、それで今度は、敗者復活戦とでもいえばいいんでしょうか――そういうことが、いまここでおこなわれていると」

「そういうこと。……私と、ちっちゃな子、助けてくれはったひと、おったでしょう。あのひとのおかげでな、……池のひとら、けっこう団結できてな。すんなり、決まってったんよ」

「だったら、葉隠さんは、どうして」

「だって、その、それは……」


 葉隠さんは、言いづらそうだった。でもちょうちんを見上げた。気にして、いるようだ――こちらに向きなおって、決心したように言葉を続けた。


「来栖さんと組まな、って思ったから……」

「……僕と?」

「ひとりで、どっか行ってまったやろう。探したんやけど、わからんかったんよ。やから、いきなり広場にいてな、びっくりしたけど……でも、いいの。いてくれはったから」

「僕と、なんて、どうして」

「そうでないと助からんでしょう?」


 葉隠さんは、むしろびっくりしたように言った。


「だいじょうぶよ。人数、数えたら、偶数だったんよ。……まあ人犬は人数に勘定しないやろうと考えて、やけどな。でも、それで正しい、思うんよ。人間どうしの話やもん。やからね、みんな、ゆるしのサクリィには――ふたりひと組のペアになることには、成功するはずなんよ。……順調にちょうちんも減っとるやろう。あれは、ひとつでひと組を表してるんや。……あと、ふた組」


 葉隠さんがそう言った途端に、ちょうちんがまたひとつ、灯った――やはり、青色だ。


「あと、ひと組。私たちよ。……ほら、私たちさえ、許しあえば」

「それは……」


 どういうことなんですか、と。訊きたいことは、たくさんあった。そもそも、たとえこのゆるしのサクリィとやらを乗り越えて、さばきのサクリィとやらから逃れることができたとしても、その先にあるものはいったい、……なんなのか。

 これではまんまとこの世界の首謀者の思惑に、乗せられているだけではないか――?


 でも、しかし。

 じっさいに、いやしのサクリィに預かれなかった、そのせいで溺れたり凍えたりのもう大変な目に遇ったひとたちから、すれば。とりあえずいま逃れられるだけ逃れときたい、そう思うことも、また道理であるとは思う。


 だから。いまも。

 さばきのサクリィとやらをおそれて、いまみながそうしていることは、理解はできるのだが――。



「許すというのは、いったい、なにを」



 僕は、手を差し出すのを躊躇していた。



「僕は、ひとのことを許す権利なんて、ない人間なのに」



 手を、差し出す。

 いますぐであれ。……もうすぐであれ。

 けっきょくのところは。……そうするしかないということはわかっているのだけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る