水晶の広場

 北極というのはもしかしたらこういう感じなのかもしれない。

 一面に広がる、硬質な物体。


 けれども北極はたぶんこんなにきらめいてはいないだろう。

 このきらめきは、きらめきだけは、都会の繁華街のレベルだ。

 伝統的なネオンの街。……それよりもっと、虹色が入り乱れているのかもしれない。



 やはり、妙に、なんて、非現実的な――。



「……ごめんね、ちょっと状況がわからないんだけど」



 僕は、しゃがみ込んだ。するとそれだけで体勢を崩しそうになった――この水晶、見た目通りにやたらつるつるとしている。スケート場、とまではいかないんだろうけれど、でも似たものがある。気をつけなければたぶん、簡単に転ぶ。



「南美川さんは、けっこう前から起きてたの? なにか、見ていたりしたの?」

「ううん、わたしもね、あのあとシュンといっしょに寝ちゃって……なんだか、やたらと眠くて」

「ああ、そうだね、……やたらと眠かったよね」

「でも、寒くて目が覚めて……そうしたら、いつのまにか景色がこんなことになっていたの。わからなかったんだけど、もしかしたら、……わたしたちのいた雑木林も崩されちゃって、こういう景色にされたんじゃないか、って」


 そうか、たしかに、その可能性もあるか。

 でも、いま考えられるのはやはりふたつだ。

 雑木林が、水晶に侵食されるかのようにこうなったか。そうでなければ、僕たちがなんらかの力で、眠っているあいだにここに移動させられたか――だ。



 僕は、空のようすを見て。そして、南美川さんのほうに視線を戻した。



「南美川さんが起きたときには、もう夕方だった?」

「たぶん……でもいまよりは、もっと明るかったわ。夕方がはじまりかけた、って感じだったの」

「僕のほうがずっと起きるのが遅かったんだね……」

「すぐに起こそうか、迷ったんだけど。わたし、しばらく様子を見ることにしたの……だってあなたは人間でしょう、わたしは人犬でしょう。あなたが気づいて動きはじめたらほかのひとは気にするだろうけど、……わたしなら、こっそり状況をうかがえるかなって思って」

「そうだったんだね。それで、……どうだった?」

「……たぶん、ゆるしのサクリィっていうのは、ふたりひと組、ゲームなんだと思う」

「ふたりひと組ゲームって――まさかあの、学校でよくやらされるやつ?」


 南美川さんは、気まずそうにうなずいた――ふたりひと組ゲーム。あきらかに学校教育においての悪しき伝統、でもいまの世のなかではある意味、社会レベルの協調性をシビアに育むとして実践されているあの、ふたりひと組ゲームとやらの存在を聞く機会がこの歳になってもあるだなんて、正直、思わなかった。


「わたしが起きたときにはもう、しばらくゲームが進んだあとだと思うのね。すんなり決まらないひとたちだらけだったみたいなの……でもひとりひとり、決まってった。なにか話し合いをしてた。なにかの合意もお互いに得ていたみたい。それで、ひとりひとり、……最後はお互いの両手で握手をすると、その手が光って、どこかに消えるの」

「つくづく、バーチャルタイプのゲームみたいだな……」


 僕は、後頭部に手を当ててくしゃりとやった。……もう、この期に及んで、慣れないといけないんだろうな。この世界があまりに非現実的だということに――。


「それで、ひとが、減っていったの。……これってもしかしたら、相手を見つけないといけないんじゃないかって焦ったから、わたし」


 僕はゆっくりと、膝から立ち上がりながら、話の続きをすることにした。

 そんな僕を、僕が立ち上がる速度で見上げながら、南美川さんも言葉を返す。


「南美川さんとで、いいんじゃないかな……それ」

「わたしは駄目よ。たぶんだけど……人犬だから」

「そもそも僕たちはゲームのルールも聞いてないね。……寝ていたほうが悪いって言われたら、それまでなんだけどさ」



 広場。水晶の、……広場。

 ちょうちんが、またひとつ灯った。あの色は、……緑。



「妙な、空間だよね」

「うん。わたしは、あまりプレイしなかったけど……化ちゃんたちの好きだった、ゲームの世界みたいだわ」

「やっぱり……」



 僕は、後頭部をもういちどだけ、掻いた。



「やっぱり、そういうことに、なるのかな」



 ――灯っていないちょうちんの数は、よく見れば、あとふたつきりだった。

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