目が覚めたら
そのまま、深い眠りに落ちていたようだった。
不自然なほど。
疲れていたからだろう。でも、それにしても、あまりにも泥沼のような――。
沈黙が、心地よかった。夢とかを見てしまうと、こうはいかないけれど、ただ深いだけの眠りはそのときばかりはいつだって、ひとりになれるのだ――。
★
「……シュン。ねえ、シュン」
頬に、鼻先に、柔らかく、でも冷たいなにかが当たる。
もっと眠っていたかった。無視しようと思ったけれど、その感触はどんどん、どんどん強くなる。ああ、なんだよ……僕はまだもっと、ひとりでいたいんだ。
それにしても、この感触は――なんだったっけ。なんだかひどく厄介なことを抱え込んだ気がしたけれど、……でももうそんなことも、なんというか、なんかぜんぶが、遠い、遠いんだ。
「シュン、ねえシュンってば、起きて。目を開けてよ。こんなときにどうして眠っていられるの?」
きつい言いかた。
……なんだよ、そんなふうに言わなくても。いつも、いつもあなたはそうだね。強い口調で、まるで詰問するように、なにかを問う。そう、いつもだ――あなたはいつもそうだ南美川さん、
そこまで思ったところでやっと思い出し、思考は、ぶつりと途切れた。
「――どうしたの」
口にしたときにはもう、目を開けていた。寒い、なんだかすごく寒い。全身が大きく震えて、僕は両腕で自分をかばった。
格好じたいは、体育座りのままだ。でも、でも……なにかが違う。
と、いうか、ここはなにもかも違う。――気づいた瞬間、僕はほとんど本能的な危機感で、その場に立ち上がっていた。
もう、ここは――いや僕たちのいる場所がといったほうがいいんだろうけれど、雑木林では、なかった。
あまりにも、あまりにも不自然な景色だった。ゲームのなかでは、よく見かけるような……でもだからこそ、現実だとするとあまりにも、できすぎていて、おかしい光景。
いや、あるいは、……ここはほんとうにフルダイブタイプのバーチャル・ワールドなのかもしれない。それだったらまだ、……まだ理解できる、といったような。
見渡すかぎり、水晶のようなものでできている。
硬質で、すこし透き通っている。
即座に思い出した。――これは昼間、十二時をすこし過ぎた段階で、司祭となった影さんが宙に浮き……あのときにつくり出され、広場もそればかりになってしまった、……あの物体、おそらくおなじか同質のものだ。
そして、日が暮れている。
いつのまにか。
正確には、暮れかけた時間のいちばん最後、とでもいえばいいのか……空はまだすこし青色の残りかすを見せ、夕方の紅色もまだそこかしこに漂っているように思える。夕方と、夜の、あいだの時間。夕方の終わり、夜のはじまり。でもほんとうに一瞬で――本格的な夜がはじまる。一見でそうわかる、この、……時間帯。
水晶は、地面だけではなかった。
あちこちにつららのように立ち、そう、……ときには檻みたいなかたちになって。もはや木々の代わりに、この世界を支配しているのだ。
そんな水晶ひとつひとつには。
縁日のイベントよろしく、ちょうちんがたくさん、ぶら下がっている。
ひとつひとつが、いまちょうど灯りつつあった――ぽつり、ぽつりと。とても速く、というわけではない。でも、いま見ているだけでも、三つ、四つ、……すぐに灯っていく。
ちょうちんはすべてが、異なる色をしている。でもそれらは全体として見れば、みごとなまでの調和を保っているのだった――赤、橙、黄色、黄緑、緑、青、藍色。鮮やかな、――虹色そのものが、できあがっている。
それらすべてを水晶は受けてちょうちんがそれらをまた受けて光るのだ、きらきらきらと、輝くのだ、いや、……ぎらぎらといってもいいかもしれない、それほどに――水晶の素材はあまりにも過剰に、……虹色を、光を、反映しているように思えた。
眩しいほどに――。
そんななかをわずかなひとたちが歩く。
そのすがたは、まるで影絵そのもので。
影となってひとびとは公園の広場だった、このいわば水晶の広場を歩く。
さまようように。幽霊のように。亡霊のように――なにかを、求めているようにも見えた。
夢の、なかみたいな、空間。
まるで夢より夢みたいな。
夢なのか。現実なのか。わからない……どうなっているんだ?
そもそも、どうしてここにいるんだろう。雑木林の奥で休んでいたはずなのに――。
足もとが、強くひっかかれた。……南美川さんだ。
「あなたも、急がないと」
「……急ぐって、どういうこと?」
「もうはじまってだいぶ経ってるみたいなのよ、その、――次のフェーズとかいうものが!」
――サクリィ。
五つの、それら。
いやし、のあとは――たしか、ゆるし。
いやしは、半日。ゆるしは、一日と半日――。
「……そうか」
僕は、つぶやいた。でも――いまこの状況で、いったいなにが起こっている?
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