ルール

 影さんが説明したことを、まとめると。



 ……ここはある種のゲームのような世界で、そして、この世界には裏切り者がいる。

 そいつを特定することこそ、唯一の現状打破の方法だと――いうことだった。



 そのために、絶対者はいくつかのルールをつくったのだという。



 これからの、広場の期間は。

 絶対者によって、サクリィと呼ばれる、いわば五つのフェーズに分かれた。

 すなわち、いやし、ゆるし、さばき、みそぎ、ころし。

 それぞれ期間が決まっていて、いやしは半日間、ゆるしは半日と一日、さばきは三日間で、みそぎは五日間、そして最終日のみそぎのあとに、ころしが――おこなわれるという。


 それらの内容について、具体的なところはわからない。説明もなかった。

 ただわかったのは、それらの期間を合計すると十日間になるのだということ。


 今日は、僕たちの予定においては、五日目。歩行ノルマをこなす五日目だ。

 つまりその予定は、僕たちの予定を、……きれいに一日ぶん、超過している。

 それははたして偶然か、それともやはり必然なのか。



 それらのサクリィを通して。

 広場のひとたちが達成すべき大きな目的は、ただひとつ――この世界の内部にいる裏切り者を特定して、捕まえることだ。

 サクリィというのは、いわば裏切り者を確定させ、断罪するためのツールに過ぎないのだという。


 絶対者の説明によれば。

 この世界は、とんでもない裏切り者のせいで生じてしまった。

 その裏切り者は、愉快犯で、ひとの道理など一笑に伏すような、野蛮な人物だ。人間とも、思えない。自分が愉しみたいからというただそれだけで、広場の人間を隔離させ、そしてなにより、ひとを植物やら獣やらに変えて、喰わせあって、満足している――ひどいやつなのだ、と。



 ……とんでもない、裏切り者。



 このままではこの世界はその裏切り者の思いのままになってしまう。

 だから絶対者はこの世界に司祭という使者を送ってくれたらしいのだ。


 司祭を通じて、絶対者はこの世界に介入する。

 ゲームというかたちをとって、裏切り者とフェアにバトルするというのだ。


 そうでもしなければ、裏切り者の暴走は止まらないのだという。



 ……影さんは空中に浮きながら、熱っぽく、感情的に語った。



 絶対者は人間のことを案じている。

 絶対者は人間のことをたいせつに、価値あるものだと思いたいが、いまそう思えなくなってしまっている。

 このように、人間を植物やら獣やらに変えて、生命をなんとも思わないで、破壊し尽くす。そんな人間がいるのだと絶対者は落ち込んでいるくらいなのだと――。


 絶対者は可哀想に人間の裏切りにあったのだ――と、司祭は言った。

 だから、人間のことが信じられなくなったのだ、と。だから、……これは、人間を試すことでも、ある、と。心苦しくも、優しい支配者は――とも、司祭は、つけ加えた。



 人間に、がんばってほしいから。

 もういちど、人間のことを信じたいから。

 人間といっしょに、世界をつくっていきたいから。

 だから、だからどうか――この世界のとんでもない裏切り者を見つけて、確定させて、五つのフェーズを完成させてほしい。すなわち、最後の、……ころし、まで。




 司祭は、たびたび繰り返した。


 この世界は裏切り者が悪意によってつくった歪んだ世界である。

 しかし、だいじょうぶだ。絶対者が、介入してくれた。

 サクリィというフェーズもつくってくれたから――。



 あとは、裏切り者を正しく特定することさえできれば、みんな、みんなみんなみんな、ぶじに帰れる。もとに、戻れるのだ。もとの、日常へ――。



 ひとびとは、話に聞き入っていた。

 訝しげなようすのひとたちも、たしかにいた。

 だがそれとおなじくらい、もしかしたらそれより多く、安堵していたひとが多いように思う。そしてもしかしたらそれよりも、さらに多く、怒りをあらわにしていたひとがいたように思う――そうか、そんなやつがいたのか、とんでもないやつだ、と。




 ……僕は、信じられない気持ちだった。

 そんなにあっけなく話を信じてしまうのか。

 得体の知れない存在の、……あきらかに、どこか奇妙なそんな話を。



 しかし、僕だってどうだろう――なにもわからず、わけもわからず、いきなり変貌した世界に放り込まれたらどうだろうか。今回は僕はたまたま、当事者がわに近いところにいる。この世界は、あのふたごがつくった、あるいは手を入れたものだと、知っている。


 だからこそそんなにすぐに話を信じていいのか、と思うことができるが、もし、なんにも、ほんとうになんにも知らなかったら――僕は疑うということがはたしてできただろうか?



 ……消耗しているのだ。

 ここにいるひとたちは、みんな、みんな。



 心身、ともに。

 あまりにも、起こってはいけないことが多すぎた――。




 そういうときにはあるいはたしかに、人間は、判断力を徹底的に失ってしまうものなのかもしれない。



 だから。ひとびとは。

 おおむね、すがるように。空中に浮いた虹色の司祭を見上げていた――。



「いまこの瞬間から、世界はいやしのフェーズに入ります」



 司祭は、高らかに宣言した。



「いやしのフェーズについて説明申し上げます」



 ……はじまるのだ。

 なにか、なにかが。得体の知れない、なにかが。もはや草ひとつさえ生えていないであろう、異質な世界そのもののようなこの広場で――。

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