氷漬け

 ふざけんなよ、とだれかが叫んだ。

 野太い声で、思いきり、空中に浮く影さん、いや――司祭に向かって、怒鳴りつけた。



 司祭となった彼は、その人間をはるか高みから見下ろした。そう、文字通り、はるか高みから見下ろしているのだ――。



「司祭が説明しているときに、勝手に発言してはなりません。そういうのは、ルール違反だと、言ったはずです」



 そう言うと、司祭は腕ごと左手を上げて――その虹色の装束も、その腕の動きにくっついていっているようだった。下向きの扇形みたいに、七色の布地が広がる。空の光を受け取って煌めいているように見えた――そもそも、装飾過多なのだ。



 そして、司祭は。

 ひとさし指で、怒鳴ったひとを指さすと。

 無表情で、そしてそのまま――その指から、光線を出した。




 馬鹿みたいだけれど、ビームとしか表現しようのないものだった。

 よくゲームやアニメで当たり前のように見る、ビームだ。

 氷のような水色のビームが、直線状にその人間に当たり。その人間は叫ぼうとしたが、一瞬で叫びは封じられた。あまりにも、唐突なかたちで。


 それも、そのはずだ。

 水色のビームに焼かれながら、その全身は、あっというまに氷漬けになってしまったのだから――口をぽっかり叫びのかたちに開けたままの、格好で。いくら叫んでも、叫びたくても、もう届かない、――そんなかたちで不自然にその人間は、固められてしまっていた。



 僕は思わず空中に浮かぶ、司祭となった影さんを見上げた。

 そのようすに心が痛んでいるようなところはみじんもなかった。

 僕は、抗議したくなる。……影さんはそんなひとじゃなかったんじゃないか、って。

 でも――影さんがほんとうのところどんなひとだったかなんて、……そもそも、知りようがないのだ。

 カンちゃん、と名乗っていたときから、どこか掴みきれなかったあのひとの本質――。



「司祭のこの力を、かりに、ビームと名づけましょうか」



 司祭は、みずからの両手の手のひらをまじまじと見ている。



「……ビームの種類は、七種類あります。虹と、おなじ数だけ。それぞれの、苦しみがあります。それぞれに、あなたがたに苦しみを与えることが、できます。……氷に閉じ込められるのも、つらいはず。ケダモノにされるがごとき、苦しみであるはず」


 氷浸けにされたら、生きているのかとか。

 意識は、あるのかとか。

 冷たさや息苦しさを、感じ続けているのかとか。だったら、それは感覚の地獄じゃないか、とか。


 思うことは、そうやって、たくさんあった、……もちろん。

 そういった疑問を抱いたひとは、この場に僕以外にもいたはずだろう。


 けれども、だれもなにも言わなかった。

 司祭が。

 ……司祭が、それを望まないだろうと、みんなわかったはずだから。



 だれだって、氷漬けにはなりたくないはずだ。



「だから、みなさん。よくよく司祭の説明を聴いてくださいね? ……あなたたちは、ずいぶん数が減ってしまいました。最初にいたころの半分近くになってしまって、います」



 それは、つまり、半分近くが――命を落としたか、獣になったか、植物化したか、ということだ。



「心の痛む状況ですが、しかし、同時にある意味では有利な状況とも、いえるかもしれません――このゲームは、つまりは犯人当てゲームなのですから。犯人を当てたチームが、勝つ。当てるというのは殺すことです」



 ……当てるというのは、殺すこと?



「具体的にいまからみなさんにこのゲームの真の目的とルールをお話ししましょう――」



 空中の、はるか高みから。

 広場によく通る声で、朗々と言うさまは。



 僕の知っている、影さんではないようだった。さっき雑木林の奥で、五つのサクリィとやらを説明してくれたときの、徹底的に異質だけれど、なにかちょっとはにかんだようなようすともまったく、違った――声も、顔のつくりも、そのままなのに、あの人間はどうしてかくも、……印象をころころ変えることができるのだろうか。

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